名作の背景として描かれてきた、台湾の暗い歴史“二・二八事件”“白色テロ”時代とは?
2019年に台湾で公開されると、ホラーでありながらその年のNo.1ヒット作となり、中華圏を代表する映画賞である金馬奨で5部門を受賞するなど、大きな話題を集めた『返校 言葉が消えた日』。大ヒットとなった要因の一つが、「言葉が消えた日」という副題が示しているように、台湾で政府による言論統制が敷かれた“白色テロ”時代を題材にした点だろう。
世界最長の戒厳令が敷かれた恐怖の40年間
“白色テロ”とは、中国国民党政府の民衆弾圧の引き金となった1947年2月28日に台湾の台北市で発生し、全土に広がった“二・二八事件”以降、反体制派に対して政治的弾圧が行われた時代。1947年と1949年から敷かれた二度の戒厳令が1987年に解かれるまで、40年にわたって恐怖政治が続いた台湾の負の歴史だ。
そもそも台湾は、戦後、半世紀におよぶ日本の統治が終了し、国民政府が失地回復のため行政を引き継ぎ、中国の一部、中華民国台湾省となるが(台湾光復)、国共内戦の結果、中国本土で中華人民共和国が成立すると、敗れた国民政府が亡命政府として南京から移転してきた…という特殊な背景を持つ場所。
本土から移り住んできた国民政府の外省人たちは、台湾に元々住んでいた民衆(本省人)に対して支配者的に振る舞い、それに対し、二・二八事件で不満を爆発させた本省人のインテリ層や学生が共産主義に傾倒。すると反共の色を強めた戒厳令が敷かれ、集会やデモ等の禁止、出版物の検閲などを政府が実施し、市民の逮捕や投獄、殺害も行われ、思想や言論の自由が恐怖政治によって奪われてきた。
名作の背景になってきた“白色テロ時代”
この暗黒期は、数こそあまり多くないが、これまでも映画の中に登場してきた。戒厳令解除からたった2年後の1989年に作られたホウ・シャオシェン監督の『悲情城市』は、第二次大戦の終結による日本統治の終わりから二・二八事件、そして国民政府の台北移転までの受難の4年間を描いたもの。九份を舞台に、時代に翻弄される本省人一家の視点から活写しており、劇中では政府の不当な逮捕や殺戮といった非道な振る舞いを確認することができる。
台湾で実際に起きた、中学生男子が同級生女子を殺傷した衝撃的事件をモチーフにしたエドワード・ヤン監督の『牯嶺街少年殺人事件』(91)もまた、1960年代の白色テロ時代が背景にある1作だ。『悲情城市』と異なり、本作は台湾に移り住んできた外省人の2世である少年少女たちが主人公。外省人視点の物語だが、主人公が通う学校の指導教官が権威的だったり、父が唐突に逮捕されたりと当時の社会の空気感が盛り込まれている。
同時に安定を求めて台湾に移り住んできたものの先の見えない苦しい生活の様子、その結果、非行に走る少年少女たち。本省人だけでなく外省人にとっても混乱の時だったことを提示している。さらに大人から子どもまで劇中にはあらゆるグループが登場するが、どの組織も腐敗しており、その先に待ち受けるのは暴力…と、批判的な視点も込められていた。
『返校 言葉が消えた日』で描かれる監視社会の空気感
そんな『牯嶺街少年殺人事件』から大きなインスピレーションを受けて製作され、界隈で大きな話題を集めたホラーゲームを原作としたのが『返校 言葉が消えた日』だ。
独裁政権の下、あらゆる自由が禁じられていた1962年。学校の教室でいつの間にか眠っていた女子学生のレイシンが目を覚ますと、そこには異世界のような暗い空間が広がっていた。同じくこの世界に迷い込んでしまった秘密の読書会のメンバーである男子学生のジョンティンとともに、なんとか学校からの脱出を試みるが、どうしても外に出ることができない。
廊下や教室で次々と繰り広げられる悪夢のような光景が待ち受けるなか、教師と同級生からなる読書会の仲間を捜していくうちに、彼らを襲った政府による恐ろしい迫害事件と、そのきっかけとなった哀しい真実を知ってしまうことに…。
「映画ではゲームよりいっそう政治的、歴史的な側面にスポットを当てている」とジョン・スー監督が語っているように、学校の一室で秘密裏に本の内容を書写する様子や、生徒や教師たちに目を光らせる元軍人の指導教官をはじめとする監視社会的な雰囲気、政府の容赦ない弾圧などが、ホラーな物語の中に全面的に盛り込まれている。
韓国で軍事政権下を扱った作品が近年立て続けに公開されていることを受け、台湾では自分たちはどうなのかといった議論も起きていたのだそう。本作はその答えとなる作品で、日本ではR15+指定だが、グロテスクな表現が少ないため、台湾ではPG12で公開されている。若い世代も負の歴史を認識すべきという作り手のメッセージが込められている作品と言えるだろう。
久しく描かれてこなかった白色テロ時代をホラーで包み、よりカジュアルに伝えている『返校 言葉が消えた日』を観て、台湾の激動の歴史を学んでみてはいかがだろうか。
文/サンクレイオ翼