『アイダよ、何処へ?』で知る、戦後最悪の集団虐殺事件を引き起こしたボスニア・ヘルツェゴヴィナの傷跡
紛争を生き抜いた捕虜たちがエキストラで参加
映画『アイダよ、何処へ?』が描く「スレブレニツァの虐殺」は、ボスニア紛争(1992~95年)の最終局面にあたる1995年7月に東ボスニアの町スレブレニツァ周辺で、領土の拡大を目指すセルビア人勢力が8000人以上のボシュニャク人男性を殺害した、組織的な住民処刑のこと。
本作には400人ほどのエキストラが参加しているのだが、その多くが紛争を生き抜いた元捕虜だったという。そのことにジュバニッチ監督が気付いたのは撮影に入ってからだったようで、「これを知った時はとても不思議な感じがしました」と振り返る。
「男たちがトラックに無理やり乗せられるシーンを撮影するにあたって、彼らに演技指導をしました。すると、一人の男性が『こんなやり方で連れ去られたんじゃない』と言ったんです。『俺はこのキャンプに12か月間いたが、兵士たちはこんなふうに命令しなかった』と。この男性は実際にどうだったか説明してくれて、私たちは彼の指示どおりに撮影を行いました」。
さらに、撮影には幼少期にボスニア紛争を経験している2人の女性もエキストラで参加しており、セルビア人兵士が基地に入ってくるシーンの撮影では、彼女たちは芝居ではなく本当に失神。兵士役の俳優の芝居があまりにもリアルだったため、当時のトラウマが甦ってしまったのだ。
一方で主人公のアイダを演じたのは、役柄とは逆の立場であるセルビア人のヤスナ・ジュリチッチ。エルグーナ映画祭で主演女優賞を受賞するなど、その演技は高く評価されたが、敵対していたボシュニャク人を演じたことで母国では非難の的になったという。彼女の夫であるボリス・イサコヴィッチも同じくセルビア人で、彼もまた、民間人の虐殺を指揮するムラディッチ将軍役を引き受けるにあたり、将軍が母国セルビアでは英雄視されていることから、深く悩んだそう。本作への出演以来、二人とも大きな政治的圧力にさらされているそうで、前述のボシュニャク人が抱える遺恨も含めて、この紛争が現在にまで続く問題であることを痛感させられる。