歴史ミステリーや宝飾品を巡るケイパー・ストーリーなど…映画で浸る“アート”の世界
知られざる美術オークションの裏側も味わえる『鑑定士と顔のない依頼人』
『ニュー・シネマ・パラダイス』(89)や『海の上のピアニスト』(99)のジュゼッペ・トルナトーレが、美術鑑定の世界を題材にした心理ミステリー『鑑定士と顔のない依頼人』(13)。潔癖症のオークション鑑定士ヴァージル・オールドマン(ジェフリー・ラッシュ)のもとに、資産家の屋敷に遺された家具や美術品の鑑定依頼が舞い込んだ。屋敷を訪れたオールドマンは、この家にとんでもないお宝が眠っていることを発見するが…。
美術オークションの世界のお話だけに、映画は全編アートだらけ。ヴァージルが隠し部屋にコレクションしている膨大な絵画の数々、資産家の豪華な屋敷など空白恐怖症的に画面を埋め尽くされた美術品の数々は、眺めるだけで楽しくなる。入札価格をつり上げる禁じられた裏ワザなど、知られざるオークションの舞台裏がのぞけるのも本作の見どころ。
1960年代を席巻した天才画家の真実を描いた『ビッグ・アイズ』
大きな目をした子どもたちを描いた「ビッグ・アイズ」シリーズで、1960年代に世界を席巻した画家マーガレット・キーン。彼女の素顔を追ったティム・バートン監督作が『ビッグ・アイズ』(14)だ。娘と共に暴力的な夫から逃れたマーガレット(エイミー・アダムス)は、サンフランシスコで出会った自称画家の青年ウォルター・キーン(クリストフ・ヴァルツ)と再婚。ところが彼はマーガレットの作品を“自作”として売り出し大成功を収めてしまう。
夫からゴーストライターを強いられたマーガレットの自立を描いた本作、撮影用に200枚ものキーンの原画を再現。サイケデリック調の色彩を使ったセットや当時の景観など、バートンらしい造形美も満喫できる。バートンによる伝記映画は、史上最低の映画監督エド・ウッドの素顔を追った『エド・ウッド』(94)以来。不器用な天才たちを温かな視点で描いた2作を見比べるのも一興だ。
実話をモチーフにした世にも奇妙なアート界の物語『皮膚を売った男』
背中を芸術家に売った青年の物語『皮膚を売った男』は、アートの世界に迷い込んだ移民の姿をシニカルに描いた異色のヒューマンドラマである。突然不当に逮捕され、国外に脱出したシリアの青年サム(ヤヤ・マヘイニ)。レバノンで移民として暮らす彼に、芸術家ジェフリー(ケーン・デ・ボーウ)は背中にタトゥーを入れて“作品”にならないかと持ちかけた。
本作は、ベルギーの芸術家ヴィム・デルボアが男性の背中に入れたタトゥー作品「TIM」がモチーフ。美術館のシーンはベルギーの王立美術館で撮影され、画面の端々にはデルボアの作品も見てとれる。移民や人権問題に加え、巨額のマネーに支えられた現代アートが抱える矛盾にも疑問を投げかける。鏡やガラスを使った幻想的な映像など、映画全体からアートの香り漂う本作。第77回ヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ部門男優賞、第93回アカデミー賞国際長編映画賞ノミネートのほか多くの映画祭で高い評価を獲得したワザありの作品だ。
絵画や宝飾品、現代アートに芸術家そのものに迫った作品など、その趣向は様々。アートに対してどこか取っつきにくいと感じている人も、映画で触れることで親しみを感じられるはずなので、『皮膚を売った男』をはじめとするこれらの作品の世界に足を踏み入れてみてほしい。
文/神武団四郎