杏が考察する上橋菜穂子ワールドの魅力「政治や医療、人々のぶつかり合いをファンタジーという形で描くことで、本質を浮き彫りにしている」
「子どもの邪念のない、汚れを知らない無垢な心は、大人にとってある種の救いになる」
表情を変えることの少ないサエが、「親のない子にも生きやすい国に」と祈るようにつぶやくシーンも印象的だ。「そのセリフで、最近聞いたナイジェリアのことわざを思い出しました。“子どもは村で育つ”というようなことですが、核家族化が進み切ったこの時代に、すごく響き、刺さるメッセージだと思うんです。大人も孤立してしまう現代の状況ですが、本来、人はひとりでは生きられないし、子どもも育たない。それも、こうしたファンタジーを通して上橋さんが込めた、一つのメッセージではないかな、と思いました」。
ヴァンやサエが変わっていく姿を見ていると、幼子という存在のかけがえのない価値や尊さを実感させられる。自身も親である杏も、「よく“子どもは3歳までにすべての親孝行を済ます”という話を聞きますが、確かにヴァンもユナという守るべき存在があるから強くなれるし、そんなユナに救われている。子どもの邪念のない、汚れを知らない無垢な心は、大人にとってある種の救いになるのだと思いました」と実感を込めた。
完成した作品を観て、「自分の頭の中だけで想像していた世界が、すべてビジュアル化され、“この民族はこういうビジュアルだったのか”とか“サエが戦った相手はこういう人たちだったのか”と、思ったことがいくつもありました」と堪能した模様。「特に飛鹿(ピュイカ)という動物の飛ぶように走る姿に、すごくワクワクしました。こんな動物が居てくれたらどんなにいいだろう、なんて思いながら。ピュイカが食べる草の美しさのみならず、その草を浸したロープで囲えばピュイカが逃げないとか、不思議なものを不思議で終わらせない根拠に基づいたその後の展開というか、すごく綿密な調査がなされているんだな、と改めて感心しました」。
「初めて私が小説を読んだ時より、きっといまはもっとリアルに感じれられる」
いまだコロナ禍にある状況下で、この作品が公開される意味はより大きくなった。杏が、「初めて私がこの小説を読んだ時より、きっといまはもっとリアルに感じられると思うんです。流行り病って、逃げ場がない。世界のどこに逃げようが、追って来る。その目に見えない恐怖は、これだけ科学力がある現代でも、大変なことになってしまうのですから、まして知識のなかった時代に、訳がわからないまま人がどんどん倒れていくのは、どんな恐怖だったのか。奇しくもこのタイミングでアニメ作品になったということは、不思議な運命のようなものを感じてしまいますね」と感慨深そうに語る。
本作もコロナの影響で公開延期を余儀なくされたが、そのタイミングについても、「映画みたいな非日常が、現実のものになってしまったいま、去年(取材当時からすると2020年)はまだ心の余裕がなかったかもしれない。でも延期されたことで、いまだ解決には至っていませんが、エンタテインメントの作り手としても観客としても、私自身も“観たい”という気持ちがだいぶ戻って来ているのを感じます。そんないま、『スクリーンで壮大な景色を観たい」と、本作を求めていただけたらうれしいです」と締めくくった。
取材・文/折田千鶴子