「キングダム」『#生きている』そして「今、私たちの学校は…」世界を熱狂させる“Kゾンビ”のリアリティ

コラム

「キングダム」『#生きている』そして「今、私たちの学校は…」世界を熱狂させる“Kゾンビ”のリアリティ

Netflixオリジナルシリーズ「今、私たちの学校は…」は、とある小さな町で平凡に暮らす高校生たちが、校内で突如ゾンビ化した同級生たちに襲われる恐怖と、混乱の中でむき出しになる人間の性、生き延びるために協力し合う生徒たちや人々の絆を描いている。ヨン・サンホ監督の『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)、『新感染半島 ファイナル・ステージ』(20)の世界的成功以来、韓国エンタメのゾンビものは“Kゾンビ”と称され、徹底的にリアリティを追求している。今回、“Kゾンビ”の魅力をリアリティという側面から分析してみたい。

【写真を見る】「今、私たちの学校は…」のゾンビは、最初の見た目は人間とほとんど変わらないが、時間の経過とともに徐々に崩れていく
【写真を見る】「今、私たちの学校は…」のゾンビは、最初の見た目は人間とほとんど変わらないが、時間の経過とともに徐々に崩れていくNetflix

まず挙げられるのは、完成度の高い特殊メイクである。「今、私たちの学校は…」を担当したのは、DOT(ドット)のピ・デソン監督とソル・ハウン監督。これまで『ディヴァイン・フューリー/使者』(19)と『王宮の夜鬼』(18)の特殊メイクを手がけ、『王宮の夜鬼』のゾンビ造型は映画祭で技術賞を受賞するなど高く評価された。「今、私たちの学校は…」では、ゾンビ化は人為的なウイルスが原因とされている。そうした物語要素に従い、ホルモンの変化や実際の病気といった根拠に基づいた上で段階的に変異していくゾンビを造型した。最初の見た目は生きている我々とほとんど変わらないが、時間の経過とともに徐々に崩れていく。親しかった友人が変わっていく悲痛さと生々しい恐怖感が圧倒的で、“Kゾンビ”というジャンルのレベルをさらに引き上げた。

「今、私たちの学校は…」の特殊メイクを担当したピ・デソン監督とソル・ハウン監督は、『王宮の夜鬼』(18)のゾンビ造型で、映画祭にて技術賞を受賞した
「今、私たちの学校は…」の特殊メイクを担当したピ・デソン監督とソル・ハウン監督は、『王宮の夜鬼』(18)のゾンビ造型で、映画祭にて技術賞を受賞した写真:EVERETT/アフロ

実はこの特殊メイクという技術、元々韓国コンテンツの得意分野でもある。李氏朝鮮時代を舞台に時代劇とゾンビものを融合させた「キングダム」のゾンビ造型を担当したのは、特殊メイク専門会社CELL(セル)。グロテスク描写はもちろんのこと、過去にはパク・チャヌク監督の『親切なクムジャさん』(05)の人面犬や、ポン・ジュノ監督の『オクジャ/okja』(17)の豚型生物オクジャを造型するなどクリーチャー製作にも定評があったが、『新感染 ファイナル・エクスプレス』をはじめ、近年では『#生きている』(20)などでゾンビの扮装も手がけている。

李氏朝鮮時代を舞台に時代劇とゾンビものを融合させた「キングダム」
李氏朝鮮時代を舞台に時代劇とゾンビものを融合させた「キングダム」Juhan Noh/Netflix


CELLのファン代表によれば、「キングダム」では階級差を視覚的に表現するため、肌色を身分によって異なる設定にしたという。確かに、民衆ゾンビは疫病にかかったように土気色だが、国王の場合は肌が白く、どこか高貴さがある。本作へのCELLの気合いの入れ方は尋常ではない。「韓国特殊メイクの底力を見せたかった」と意気込むファン代表曰く、前日譚である「キングダム: アシンの物語」では、3,000人余りのゾンビのために1トン以上の血のりを使用したそうだ。

「キングダム」は「韓国特殊メイクの底力を見せてくれた」と評価されている
「キングダム」は「韓国特殊メイクの底力を見せてくれた」と評価されているJuhan Noh/Netflix

ゾンビもののセオリーに、人間の生存の問題がある。この鉄則を守りながら現実社会をリアルに描写している“Kゾンビ”は、ストーリーに厚みがある。「今、私たちの学校は…」では、舞台となる高校の科学教師によってゾンビウイルスが培養される。同校に通う自身の息子が壮絶ないじめがもみ消されたことで、復讐心から凶暴なウイルスを作り出し、息子を実験台にその毒性を試すのだ。しばしば校内暴力やいじめの問題が取り沙汰される韓国において、現実味の強いシチュエーションである。科学教師は授業中、「意志の強い者が生き残る」と意味ありげに力説する。演出したイ・ジェギュ監督によれば、「自分らしくいることと生きることの葛藤」がメインテーマだ。「生き残るための意志の強さ」は、この後生徒たちの生存をめぐる戦いで重要なポイントとなってくる。

特殊メイクという技術は韓国コンテンツの得意分野でもある
特殊メイクという技術は韓国コンテンツの得意分野でもあるNetflix

さらに原作のウェブトゥーンにはない女子生徒ヒス(イ・ジェウン)の存在が、作品に強くメッセージを残した。彼女の登場は、ゾンビが大発生する直前の序盤。体調不良を申し出て校内を後にした彼女は、公園のトイレで人知れず出産する。父系社会の韓国で、未成年の未婚の母がどれほど不利益を被るかは想像できよう。そうした社会問題への眼差しとともに本作が示したかったのは、荒廃した世界、ゾンビという生きながら死せる存在とは逆ベクトルにある新しい命の誕生だ。考えてみると『新感染 ファイナル・エクスプレス』でも、妊婦は希望の象徴になっていた。

“Kゾンビ”というジャンルの幕を開けた『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)
“Kゾンビ”というジャンルの幕を開けた『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)写真:EVERETT/アフロ

Netflixによる配信映画『#生きている』は、タイトルからも分かる通り人間の生存の問題に焦点を当てたゾンビものである。元祖アメリカのゾンビ映画で登場人物たちがショッピングモールに立て籠るように、「手持ちのアイテムの中でどうすれば生き残れるか?」を考えるのも、このジャンルの面白さである。突然凶暴化した人間たちに囲まれた集合団地に取り残された青年ジュヌ(ユ・アイン)が、限られた物資しかない部屋から脱出するため、SNSという現代的な要素でゾンビにどう立ち向かっていくかを鍵とした異色のゾンビ作品だ。オンラインゲームに勤しむデジタル世代は、配信による生存情報の共有、ドローンを使った外部の状況把握や食糧の受け渡しといったように極めて知能派で、今の若者の姿を端的に現している。冒頭、外出中の母親は、ジュヌに「生き残って」とショートメッセージを送る。彼はその言葉をメモし、日々の動画配信でも必ず口にする。こうして「生きる」という意志が最後まで貫かれるところに、強く胸を揺さぶられる。

人間の生存の問題に焦点を当てたゾンビもの、『#生きている』(20)
人間の生存の問題に焦点を当てたゾンビもの、『#生きている』(20)写真:EVERETT/アフロ

もう一つゾンビ作品で重要なのは、ゾンビの設定が一貫しているかどうかだ。例えば史劇×ゾンビという「キングダム」の斬新な世界観は、いくらでも想像力を膨らませられるがゆえに、ともすればファンタジーに偏りすぎて白けてしまう。ゾンビという存在すらない時代にどう物語を構築するか。脚本家キム・ウニが選んだのは、陰謀を胸に抱く為政者と人心ある世子の対立のドラマを骨組みに、連続ドラマシリーズという長いシーズンを使ってゾンビの概念と発生メカニズムを丁寧に紐解く手法だ。

こうして“韓国型ジャンルものの巨匠”とも呼ばれる彼女の手腕が発揮された本シリーズは、世界的にヒットを記録する。権力の腐敗や弱者の苦しみといった韓国社会の負の部分を反映したストーリーはもちろん高く評価されたが、何よりシーズン1配信当初は平穏だった世界が、その後パンデミックの脅威に晒されたことは、図らずもドラマを私たちが生きる今を映す鏡のように思わせた。民衆を蔑ろにする国家への不満や、ゾンビ化の原因を必死に探ろうとする医女ソビ(ペ・ドゥナ)の姿には、コロナ禍の社会における機能不全な政治や医療従事者の尽力を感じて余りある。

ペ・ドゥナは「キングダム」で、ゾンビ化の原因を必死に探ろうとする医女ソビを演じた
ペ・ドゥナは「キングダム」で、ゾンビ化の原因を必死に探ろうとする医女ソビを演じたJuhan Noh/Netflix

グロテスクなまでの特殊メイクと、社会への眼差し。“Kゾンビ”に見られるリアリティは、フェイクを嫌う国民性が関係しているように思う。韓国エンタメの特徴として、たとえコメディであっても、なんらかの形で社会問題にアプローチする点が挙げられる。ゾンビものに先駆けてブームとなった韓国ノワールものでは、激しい暴力とおびただしく流れる血が売りだ。実際の手応えを感じられない映画やドラマだからこそ、観客や視聴者はより強い心身の痛みを欲し、作り手は現実以上の生々しさを追求していくのだ。野獣のように血肉を貪るゾンビの姿と、命の危機に追い詰められることで露わになる人間の本質。それぞれに極限のリアリティを表現してこそ傑作になるゾンビ映画というジャンルは、こうして韓国エンタメにフィットし、発展していったのではないだろうか。

「生き残るための意志の強さ」は、この後生徒たちの生存をめぐる戦いで重要なポイントとなってくる
「生き残るための意志の強さ」は、この後生徒たちの生存をめぐる戦いで重要なポイントとなってくるNetflix

「今、私たちの学校は…」は、Netflixが配信される54カ国でテレビ番組部門1位となった。ドラマ「キングダム」に続いて2度目の快挙である。こうしてますます盛り上がりを見せる“Kゾンビ”の世界。まだ足を踏み入れていない方は、この機会にぜひ体験してみてほしい。

文/荒井 南

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