増村保造、日本映画にヨーロッパを取り入れた先駆的モダニストの軌跡
『ドライブ・マイ・カー』(公開中)が日本映画として初めてアカデミー賞作品賞にノミネートされたことで、日本映画への世界的な関心がこれまで以上に高まりを見せている。近年では同作の濱口竜介監督や『万引き家族』(18)の是枝裕和監督らが “国際的監督”の代表格であるが、過去にも多くの日本人監督が世界を舞台に活躍してきた。その歴史を遡っていけば、1950年代までたどり着くことができるだろう。黒澤明監督の『羅生門』(50)や溝口健二監督の『雨月物語』(53)、衣笠貞之助監督の『地獄門』(53)。これらの名作が海外の映画祭へ送り出されて受賞を果たしていた頃、逆に自らヨーロッパへと繰り出してその先進的なスタイルを日本映画界へと持ち込んだ監督が、増村保造だ。
東京大学を卒業し、「大映」に入社後ふたたび学科を変えて東京大学に再入学するというインテリでありながら破天荒にも思える経歴を持つ増村は、1952年にイタリアへ留学。歴史ある映画学校「国立映画実験センター」で映画を学ぶ。同校の出身者にはミケランジェロ・アントニオーニからマルコ・ベロッキオ、さらには“ジャンル映画のマエストロ”といわれたルチオ・フルチに至るまでイタリア映画界の第一線で活躍した映画人ばかりだ。そして帰国後に溝口監督の『楊貴妃』(55)や『赤線地帯』(56)、市川崑監督の『処刑の部屋』(56)などで助監督を務め、1957年に鮮烈な長編監督デビューを果たす。
そのデビュー作となった『くちづけ』(57)から、それまでの日本映画と比較すると明らかに“異質”なヨーロッパ仕込みの演出スタイルが炸裂する。家族関係に悩みを抱えるという主人公のバックグラウンドこそ既定路線ではあるが、登場人物たちの行動原理がいずれも自己の内側から湧き上がる欲望に忠実で予期できない。いかにもヨーロッパからの影響を感じさせる個人主義的な価値観に基づく人物描写を、映像も台詞も脅威的なスピード感で浴びせていく大胆不敵さ。それは初期の傑作『巨人と玩具』(58)でさらに極まれり。そこには現代から見ても半世紀以上前の作品とは思えないほどの並々ならぬ生命力が満ちており、その作風が大映映画のカラーはもちろん、日本映画全体を一気にモダンなものへ変貌させたと言ってもいいだろう。
“情緒”を廃した作品が、日本映画の新たな扉を開く
監督第2作となった『青空娘』(57)は、後に多くの作品で組むことになる名脚本家・白坂依志夫と、同じく増村作品に欠かすことができない女優となる若尾文子とでタッグを組んだ最初の作品だ。育ての親であった祖母から自分が父と愛人の間にできた子であることを知らされたヒロインは、上京して父と継母、3人のきょうだいたちが暮らす家に身を寄せながら実の母を探す。このあらすじと“1950年代の日本映画”という固定観念からくる湿っぽさは、もちろん本作には微塵も存在しない。増村映画の特徴のひとつである“情緒の廃絶”が完成しきっているのである。
序盤で東京に降り立ったヒロインが青山までの道を通行人たちに訊ねるワンシーンだけで、それまで彼女が育ってきた田舎町との違いを顕在化させ、高度経済成長期まっただなかの東京の慌ただしさも表現される。そこからは矢継ぎ早に増加していく登場人物たちの止めどない台詞の応酬が待ち構え、もっぱら“情緒”を感じる隙を与えない。そのスピード感によって「いつも青空のように」というありふれたメッセージさえもすっと胸に落ち、安易なメロドラマに落とし込むことも可能な終盤の展開でもあえてそれを避けることで、常に清々しく、鮮やかなカラー映像と相まって日本映画の新たな時代の始まりを予感させるのである。
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