“90年代”東京のアンダーグラウンドに迷い込む…ハリウッド共同制作ドラマ「TOKYO VICE」に通じるディープな邦画たち
甘酸っぱいあのころの記憶…インターネットもスマホもない時代の出会い
「TOKYO VICE」の第1話では、学生だったジェイクが、飲み屋の片隅で、周りの喧騒をよそに勉強に励み、ルーティンのように毎日同じ生活を繰り返す姿がに映しだされる。その様子は、人気作家の燃え殻による半自伝的同名小説を気鋭の映像作家、森義仁が映画化した『ボクたちはみんな大人になれなかった』(21)の主人公の青年、佐藤(森山未來)と重なる。
インターネットや携帯電話が普及する前の1995年。アルバイト雑誌の文通募集欄で知り合ったかおり(伊藤沙莉)と付き合うようになった佐藤は、彼女と一緒にラフォーレ原宿、WAVE、シネマライズ渋谷といった90年代カルチャーの聖地を渡り歩き、渋谷のラブホテルで過ごす日々を送っていた。
文通で出会う恋人たちの姿は、マッチングアプリで場所と時間問わずつながれるという、いまどきの出会い方法とかなりかけ離れている。一方で、なにも持ってないけれど、カルチャーに詳しいことを武器に生きているかおりのような人は、いまもいるかもしれない。しかし、それだけでは人間関係は深まらないし、やがて虚無感に苛まれるようになり、佐藤とかおりには自然と別れが訪れることになる。
バブル崩壊による景気後退はその時代を生きる若者たちにも影響を与え、深刻な就職氷河期によってうまく社会に溶け込めない人が続出し、人間関係は希薄化し、他人をおもんばかる道徳意識も低下した。新聞社に就職するまでのジェイクは、そんな佐藤の、かけがえのないロストジェネレーション=“失われた90年代”に埋没したようにも見える。母国アメリカから異国の地である日本に渡り、黙々と参考書の取り組み、週刊誌の報道記事に目を通すだけの日々を送る彼は、まだ何者にもなれていないし、恋人すらいないのだから。
熱血ぶりで前へ進む若者たち…ガムシャラ過ぎる働き方
ところが、就職が決まり、警察担当記者になったジェイクは、エネルギーに満ちあふれ人が変わったように動き出す。与えられた情報だけで記事にするのではなく、社会部の上司に怒鳴られ、先輩の女性記者、詠美(菊地凛子)に何度となくキレられても自ら事件現場に足を運び、特ダネを手に入れようと奔走する。
そんなジェイクの全力の行動は、90年から94年かけて雑誌「モーニング」で連載されていた新井英樹の人気コミックの映画化した『宮本から君へ』(19)の主人公、宮本浩を想起させるものだ。
池松壮亮がドラマ版に続いて本作でも演じた宮本は、文具メーカーの若き営業マン。仕事にも恋にも全身でぶつかるし、取引先が求めれば、酒に強くない彼はいっき飲みもあと先考えずにやってしまう。その姿は、戦士のように24時間ガムシャラに働くことが当たり前だった、90年代のビジネスマンを象徴するもの。その熱血ぶりはジェイクにも垣間見られるが、それは90年代の東京で働くようになった人間には自然に備わってしまうものなのかもしれない。
「TOKYO VICE」のジェイクはどんどん90年代の日本に染まり、回を重ねるごとに日本人ですら知らない東京の別の顔を発見していく…。そんな彼の目を通してリアルに再現された90年代の東京を存分に味わってほしい。
文/イソガイマサト