スウェーデンの巨匠、イングマール・ベルイマンが愛した神秘の島とは?創作意欲がくすぐられる“ベルイマン島”が壮観
ベルイマン作品のロケ地を巡るツアーも登場
このほかにも、ベルイマンゆかりのスポットはたくさん登場する。ベルイマンがフォーレ島で撮った作品にまつわる資料を展示している「ベルイマン・センター」内のスーベニア・ショップを訪れたクリスは、ベルイマン作品の常連であり、スウェーデンを代表する国際的女優ビビ・アンデショーンと同じサングラスを購入してご満悦。
フォーレ島で映画学校の卒業制作の短編を作っている青年ハンプスと出会ったクリスは、ベルイマンが最後の妻イングリットと共に眠る墓に案内してもらう。1995年に亡くなったイングリットの遺骨はスウェーデン本土に埋葬されていたのだが、彼女と共に埋葬されたかったベルイマンの希望に沿って、フォーレ島の墓に移されたという。
その後、ハンプスとクリスは「観光客は知らない島の“穴場”めぐり」と称して、ウラハウ(動く砂丘)と呼ばれるスポットや、人が少ない北のビーチまでドライブ。服を着たまま、湖のように穏やかで澄んだ海に入った2人は童心に戻って大はしゃぎする。また、ゴットランドシープという固有種の羊がいるゴットランド島は、紋章にも羊が描かれているほど羊が有名。隣りのフォーレ島でも羊毛は特産品で、クリスはふわふわの羊の毛皮を何枚か購入する。
一方、クリスに約束をすっぽかされたトニーは、ベルイマン映画のロケ地を巡る王道のバスツアー「ベルイマン・サファリ」に参加。ツアーの内容と連動しているスマホ用のアプリが用意されているのも現代的。バスは最初に、ベルイマンがフォーレ島と出会った作品『鏡の中にある如く』のロケ地へと向かう。ベテランガイドによる撮影の裏話や、ベルイマン作品のコアなファン同士の蘊蓄の数々は興味深く、(観客も)一緒にツアーに参加しているような気分を味わえるはず。ツアーの締めくくりの食事が羊肉バーガーというのも、この島らしい。
映画のセットのような不思議な景観が広がる自然美
後半の劇中劇では、主人公のエイミー(ワシコウスカ)と元カレのヨセフ(アンデルシュ・ダニエルセン・リー)が、波で削られた石灰岩の柱が点在する北のビーチ、元漁村のヘルグマネルを訪れるシーンがある。古ゴットランド語でラウクと呼ばれる奇岩群が浅瀬に不ぞろいに並んでいる不思議な景観は、透明度の高い美しい海とあいまって、まるで大がかりな映画のセットのよう。
そして、物語の終盤に登場するのは、ラウターにあるベルイマンの終の棲家となった「ベルイマン・ハウス」。邸宅を見つけたクリスが、なぜか鍵が開いていたドアから中に入り、ゆっくりと部屋をまわっていくシーンは、ドキドキすると同時に興味津々。ベルイマンの仕事部屋、図書室、妻が亡くなった後に作ったというイングリッドの部屋の大きな窓から見える景色、羊の毛皮が飾られたインテリアなど、画面の隅々まで目を凝らしたくなる。
フォーレ島の美しさがスクリーンいっぱいに広がる光景はぜひ劇場で!
ハンセン=ラブは、ベルイマンと同じ島を舞台としながら、彼が使わなかったスコープ・フォーマットを撮影に採用。どこまでも続く海と空、木々や砂丘、奇岩群など、フォーレ島の原始的で豊かな風景が横長の画面いっぱいに広がることで、本作の大きなテーマである“解放”を美しい映像として表現することに成功した。
ベルイマンの息吹がそこかしこに宿るフォーレ島は、世界中にいるベルイマンのファンにとって大事な聖地巡礼スポットであるだけでなく、荘厳な自然と静かに向き合うことで、誰もが心を解放することができる特別な場所。本作で“ベルイマン・アイランド”の魅力を疑似体験しつつ、いつの日か訪れる旅先の候補としても、ぜひ心に留めておきたい。
文/石塚圭子