LGBTQIA+表現を理由に14か国が『バズ・ライトイヤー』劇場公開を中止。ディズニーの判断を分析
現地時間6月17日に北米などで公開になった『バズ・ライトイヤー』(7月1日日本公開)の上映をめぐり、中国、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、エジプト、インドネシア、マレーシアなど14か国が劇場公開を見合わせている。
ディズニー&ピクサーの人気シリーズ「トイ・ストーリー」で、主人公の少年アンディが大切にしていたおもちゃが、カウボーイのウッディと宇宙飛行士のバズの人形だった。『バズ・ライトイヤー』は、“アンディがバズのおもちゃに夢中になるきっかけとなった映画”という設定だ。映画の前半で、スペース・レンジャーのバズと、親友で優秀な女性指揮官のアリーシャとの友情が描かれる。アリーシャのパートナーは女性で、ハイパー航行で異なる時間経過を経たバズは、彼女たちの生活を数年間に一度だけ覗くことになる。そのなかに、アリーシャとパートナーのキスシーンがあり、同性愛を禁じている国での上映が中止になったと考えられている。中国やマレーシアでは、当局がシーンのカットをディズニーに要請したが、却下されたために上映自体が見送られた。
これは、『バズ・ライトイヤー』に限ったことではなく、過去にも多くの映画が検閲により、当該シーンの削除もしくは上映中止という判断を迫られていた。最近では、『2分の1の魔法』(20)でLGBTQIA+を想像させる警察官のシーンが原因となり、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビアで上映禁止になり、ロシアで公開されたバージョンでは、「ガールフレンド」という言葉が 「パートナー」に変更されていた。
この上映中止が大きく話題になっているのは、今年3月にディズニーが巻き込まれたフロリダ州の性自認議論禁止法案、通称「Don’t Say Gay(ゲイについて話してはいけない)」法案にかかる様々なバックラッシュにある。
この法案は、教育における家庭の権利を担保するもので、幼稚園から小学校3年生までの子どもに対し、学校などで性的指向についての議論を禁止し、それ以上の学齢の生徒に関しても推奨しない。もしも教師がこの法案に反する教育を行ったら、保護者は訴訟を起こすことができる。この法案を推進していたフロリダ州保守派議員に対し、ディズニーが企業献金を行っていたことが判明。ボブ・チャペックCEOが社員に宛てた書簡で状況を説明したが、どっちつかずの釈明に痺れを切らしたディズニー社員有志が、ニューヨーク、フロリダやカリフォルニア州アナハイム、バーバンクなどでLGBTQIA+の尊厳を守るためのデモを決行した。ディズニーはLGBTQIA+の人権団体への寄付を約束したが、同団体は「性自認議論禁止法案賛成派への献金を停止するまでは受け取らない」と拒否。結果、チャペックCEOは社員に対し謝罪し、HuluやDisney+などディズニー傘下のサービスも公式見解をSNSに掲載した。
フロリダ州の性自認議論禁止法案は現地時間3月28日に可決され、この7月より施行となる。ディズニーは可決日に、「この法案の撤回を目指し関連団体を支援していく」との声明を出している。
この法案設立と時を同じとして、制作中の『バズ・ライトイヤー』において、同性間のキスシーンがカットされていた事実が明らかになった。ディズニーの複数のアニメーターや関係者が、経営陣による検閲および上映中止を防ぐための自己検閲によって、LGBTQIA+を描いたキャラクターやエピソードが削除されてきた歴史を告発。結果、ディズニーおよびピクサーは『バズ・ライトイヤー』において当該シーンをカットすることなく上映すると発表している。過去のディズニー社によるインクルージョン政策としては、2021年6月のプライド月間(LGBTQIA+の権利を啓発する月間)に、ピクサーのオープンゲイ監督による短編映画『殻を破る』(20) がYouTubeで無料配信されていた。
この騒動のなかで重要なのは、14か国で上映が中止されたことではなく、各国当局や映画倫理団体からの指摘や削除依頼に対し、迎合することなく上映中止を決めた経営判断だろう。中国や東南アジアはディズニーにとって決して小さな市場ではないが、同社が営業し利益を得ているのは、才能あるクリエイターによる作品があってのこと。フロリダ州の性自認議論禁止法案の施行を間近に控え、プライド月間である6月に公開される映画のクリエイティビティを阻害し、問題視されたシーンをカットしてまで劇場上映に固執するのは、社内外で更なる議論を惹起しかねない。
そして、同性愛に対して厳しい見解を示す国は主に宗教上の理由であり、民営企業が介入できる範疇を超えている。目先の利益よりも、ディズニー社や映画が世の中に与える影響や姿勢を重視した結果と考えられる。また、マレーシアでは放送や劇場など公の場での同性愛表現に対しては厳しい管理体制を敷いているが、現行の法律では外資系OTT(ストリーミングサービスなど)に対する規制は含まれず、いずれDisney+で配信できるというセーフティネットもある。
『バズ・ライトイヤー』におけるLGBTQIA+表現は、テーマやストーリーに必要不可欠な要素ではない。筆者は4月に行われたシネマコンで冒頭30分を鑑賞していたが、特段気に留めてもいなかった。完成版を試写で観ても、そのシーンによって映画が伝えようとしているテーマやメッセージがぶれることもない。それくらい自然に馴染んでいたシーンなので、この部分だけ取り上げ議論を行うほうが、ここ数年続くキャンセル・カルチャーの“木を見て森を見ず”な風潮と重なって見える。映画のなかで、宇宙基地での探査任務遂行の重責を自分に課していたバズ・ライトイヤーが、彼が見失っていた重要なものに気づく瞬間が描かれる。小さな物事に固執すると、大きなものを失っても気がつかないものだ。もしもこのテーマを掲げるのならば、ディズニーの判断は至極当然だったと言えるのではないだろうか。
文/平井 伊都子