こだわりたいのは“匿名性”。『わたし達はおとな』の若き才能、加藤拓也との刺激的な対話【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

インタビュー

こだわりたいのは“匿名性”。『わたし達はおとな』の若き才能、加藤拓也との刺激的な対話【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

「アドリブって、すごく嫌いなんですよ」(加藤)

宇野「監督によっては、役者のアドリブだとか、シーンが終わったあともカメラを余計に回しておいて、なにかそこで偶然に起こることを探るみたいな監督もいますけど、そういうタイプとはまったく違う」

加藤「そうですね。アドリブって、すごく嫌いなんですよ」

宇野「おお」

加藤「物語と俳優の関係って、その場でいきなり親密な関係にはならないと思うんですね。リハーサルを積み重ねることで物語と俳優の関係ができていくのに、そこにアドリブだとか偶然とかが入ると、それはもう俳優自身でしかないんじゃないかって。俳優と役の境目ってすごく曖昧なものですけど、フィクションとして、それがお芝居に見えないところまで追い込むことが、僕にとっては映画でも演劇でも大事なことなんです。そこで俳優のアドリブに頼るっていうのは、僕にはあまり考えられないですね」

俳優の“アドリブ”は「嫌いですね」ときっぱり語る加藤拓也監督
俳優の“アドリブ”は「嫌いですね」ときっぱり語る加藤拓也監督撮影/河内 彩

宇野「日本映画や日本のドラマの撮影では、例えば忙しいタレントや芸人が脚本もろくに覚えずに現場に来て、その場の反射神経だけで乗り切るみたいなことって、現実として一部にはあるじゃないですか」

加藤「そうですね」

宇野「そのせいでどこか麻痺しちゃってる人もいるように思うのですが、いま加藤さんがおっしゃったことって、基本と言えば基本の話ですよね。どこの国でもやっていること」

加藤「そうなんです。特に映画の場合、演劇と違って国外の観客から観られる可能性もあるじゃないですか」

宇野「そうですね。その違いも結構重要ですね」

加藤「お金の問題で希望が叶わないこともたくさんあるわけですけど、俳優の演技に関してはお金の問題ではないので、せめてそこだけは基準を常識に合わせて準備して創作していきたいという気持ちがあります」

演劇サークルの演出を手掛ける直哉役を演じた藤原季節
演劇サークルの演出を手掛ける直哉役を演じた藤原季節[c]2022「わたし達はおとな」製作委員会

宇野「『わたし達はおとな』の作劇を特徴づけているのは複雑な時系列で。しかも、その時系列が変わる際にも、わかりやすくテロップなどを示したりもしないですよね。あれはどういう意図だったんでしょうか?」

加藤「そもそも僕が演劇で作る作品も、行ったり来たりと時系列が複雑な作品が多いんですよ」

宇野「確かに。先日、『もはやしずか』の舞台も拝見させていただきましたが、あの作品もそうでしたね」

加藤「はい。どうして時系列をずらすのかというと、僕は観客が能動的に物語に参加してほしいと思っています。受け取るだけのものより、お客さんが頭を使いながら物語を組み立てていくことを促したいんです。演劇の場合、目の前にいる俳優とお客さんの流れている時間がまったく一緒なわけですけど、そこで時間を行ったり来たりさせることで頭の中が活性化されたり、いわゆる”見立て”と呼ばれる演出方法ですけど、あるものを別のものに見立てたりすることをやっていくことでその効果を促したり。映画の場合、俳優が演技している時間とそれをスクリーンで見ている観客の時間は違うし、空間もまったく別ですけど、その手法を映画にも持ち込みたくて、脚本の初期段階から時系列をずらしていきました」

「加藤さんの脚本のシグネチャーは、どこにでもありそうな“いや〜な感じ”の日常会話」(宇野)

宇野「なるほど。ただ、これはあくまでも体感の話でしかないのかもしれませんが、加藤さんのやられているような小劇場での演劇を観に来るお客さんって、ちょっといやらしい言い方かもしれないですけど、物語に対してのリテラシーが高い方が多いと思うんですよね。一方で、先ほど加藤さんもおっしゃっていたように、映画という形式は世界にもより開かれているし、なにかのきっかけで偶発的に作品を観る観客も多くなる。そうすると、一定数『わからない』とか『混乱した』とか言われる可能性も大きいと思うんです。でも、それを映画でも敢えてやるのは、そこに強い意志があるということですよね?」

加藤「鑑賞は体験です。解釈ではないと考えています。これがいわゆる大きい会社が配給の映画で、300スクリーンの公開で、たくさんのお客さんを呼ばなきゃいけない作品だったら混乱をさせないといった配慮も必要になる可能性があります。編集の段階でもみんなに『混乱する』とめちゃくちゃ言われたんですけど、『そうですか。でも、それは仕方がないことです』と推し進めました(笑)」


宇野「確かに。スクリーンで集中して観ていないと振り落とされるぞ、みたいな作品が特に日本では減ってきてますからね。登場人物が少ないこともあって、決して難解というわけではない、ちゃんと観てればわかるわけですから、こういう作品も必要ですよね」

加藤「そう思います」

宇野「演劇の『もはやしずか』でも、テレビドラマの『きれいのくに』でも、そして今回の映画でも、加藤さんの脚本のシグネチャーは、どこにでもありそうな“いや〜な感じ”の日常会話だと思いました。先ほど『アドリブが嫌い』っておっしゃってましたけど、限りなく口語に近い台詞回しであるがゆえに、逆にこれは一字一句、すべて脚本に書かれているんだろうなって」

他愛もない会話が微笑ましい、そんなカップルの時間もある
他愛もない会話が微笑ましい、そんなカップルの時間もある[c]2022「わたし達はおとな」製作委員会

加藤「そうです」

宇野「役者さんによるちょっとした語尾の変化とかもあり得ない?」

加藤「人がしゃべる時って、感情によってそこに要らない言葉が付いたり消えたりするじゃないですか?そこがすごく大事だと思うので、その部分が自分の意識とずれてなかったらいいんですけど、芝居って相手もいることですから。その相手役に与える影響を考えると、そういう細かい部分も大事にしてしゃべってほしいとは思ってます」

宇野「そうですよね、口語っぽい台詞であればあるほど、そうしないと成り立たないですよね」

加藤「そうなんですよ。アドリブが入ると、結局ひっちゃかめっちゃかになっちゃうんで」


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