こだわりたいのは“匿名性”。『わたし達はおとな』の若き才能、加藤拓也との刺激的な対話【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

インタビュー

こだわりたいのは“匿名性”。『わたし達はおとな』の若き才能、加藤拓也との刺激的な対話【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】


宇野「あと、これはたまたまかもしれませんが、いま挙げた『もはやしずか』も『きれいのくに』も、そして今回の『わたし達はおとな』も、女性の“妊娠”というモチーフを連続して扱ってますよね。さすがにこれだけ続くと、そのことについても訊かざるを得ないなという」

加藤「うーん」

宇野「出版されたのは30年近く前ですが、文芸批評家の斎藤美奈子さんが書いた『妊娠小説』という本があって、それは森鴎外から村上春樹まで、日本を代表する男性作家たちが、小説の中でいかに女性の妊娠を都合よく扱ってきたかということが書かれたものなんですが。正直に言うと、加藤さんの近作に触れてちょっとその本のことを思い出したんです」

加藤「それはフェミニズムの観点から書かれた本なんですか?」

宇野「基本的にはそうですね。男性作家が物語の中で“妊娠”を描く際の類型化に対して、かなり批判的に書かれた本です。例えば、男性の成長のきっかけとして女性の“妊娠”が扱われることがほとんどみたいな。もっとも、『わたし達はおとな』に出てくる男は基本まったく成長しない、どうしようもない存在のままなので、その批判が当てはまるわけではないんですけど」

加藤監督作品に多数、出演している藤原をしても「ボロボロ具合が⽐にならなかった」という撮影
加藤監督作品に多数、出演している藤原をしても「ボロボロ具合が⽐にならなかった」という撮影[c]2022「わたし達はおとな」製作委員会

加藤「その本を読んでないのでなんとも言えないですけど、同じモチーフが続いたことに関してはただの偶然です。自分がホンを書く順番と、それを作品になって、世に出る順番というのはバラバラなので」

宇野「なるほど。特に映画やテレビドラマは、自分でタイミングをコントロールできない部分も大きいですよね」

加藤「ホンを書くもとになるものって、基本的には自分の衝動なので。自分が傷ついたものや、わからないものや、怖かったものがベースになることが多いんです。そういう意味で、子どもというのは、自分にとってわからないもの、怖いものなのかもしれません」

宇野「一人の生活者として抱えている不安が作品に反映されているということですよね」

加藤「はい。とはいえ作品は作家から離れていったものなので、“私”ではありません。物語にすると、『そんな体験をしたのか』『そんな体験もしたことないのに』と“私”へと結び付けたがる人が沢山いますが、作家と作品の関係は、離れていった“それ”としか表現できないです。作家の意図を当てることこそが作品を観ることではないはずです」

「基本的には、”フィクションはフィクションだから”と思ってるんです」(加藤)

宇野「事前にいくつか読ませていただいたインタビューの中で、『自分の制作物にメッセージは存在しない』『物語は物語以上でも以下でもない』『演劇は演劇以上でも以下でもない』ということをおっしゃっていて。それで言うと、『映画は映画以上でも以下でもない』ということですよね?」

加藤「そうです」

宇野「加藤さんの作家性を考えるうえで、そこが重要なポイントなのかもしれませんね」

加藤「かもしれないですね、うん。今後、変わることはあるかもしれませんが」

宇野「そういう考えに至ったのはどういう理由なのでしょう?」

別れたあともアプローチをしてくる元カレの将人役に桜田通
別れたあともアプローチをしてくる元カレの将人役に桜田通[c]2022「わたし達はおとな」製作委員会

加藤「僕自身、そういう姿勢でほかの人の作品を観ているからだと思います。基本的には、”フィクションはフィクションだから”と思ってるんです。なので、作家の実像と作品をイコールで結びつけたりすることもまったくないです」

宇野「ただ、観客の立場からすると、作・演出とか監督・脚本とクレジットがあった時、その作品から作家の実像を読み取ったり推測したりするのも仕方ないことではありますよね?」

加藤「そういう見方があることを否定はしない、くらいな感じですかね。僕は違うと思ってほかの人の作品を観ているし、僕もそう思って取り組んでいます、ということですね」

宇野「『わたし達はおとな』が最近の日本の青春映画や恋愛映画と全然感触が異なる点が2つあるとしたら、一つは主人公だけじゃなく登場人物ほぼ全員がタイトルに反して“甘やかされた子ども”である点で。特にインディーズ映画だと、日本は貧しくなって、社会階層の流動性がなくなって、若者たちは地べたを這いつくばるように生きている、みたいな作品が増えてますけど、『わたし達はおとな』の主人公は多分親が出してる家賃で結構いい部屋に住んでるし、そこそこいい学校に通ってるし、容姿にも恵まれてるし。それを、フィクショナルではなく非常にリアルに描いている」

加藤「そこは意識的にそうしました。若者があまりお金をもってないというのも事実なんですけど、最近はみんなそこを書いてるから、自分の作品は書かれていない層でよくあることを書こう、という単純な理由ですね」

親に家賃を払ってもらい、金銭的に不自由のない暮らしを送る大学生の優美
親に家賃を払ってもらい、金銭的に不自由のない暮らしを送る大学生の優美[c]2022「わたし達はおとな」製作委員会

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