こだわりたいのは“匿名性”。『わたし達はおとな』の若き才能、加藤拓也との刺激的な対話【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】
「“匿名性”は、僕がすごく大事にしていることです」(加藤)
宇野「なるほど。それともう一つは、そもそも恋愛映画の主要キャラクターを演じる役者さんって基本的に超絶美男美女で、劇中で恋愛のことで悩まれたりしてもそれはただのファンタジーというか、あまりリアリティがなかったりするんですが、この作品はそこに異常なほどリアリティがあって。もちろん、直哉を演じている藤原季節さんも、優実を演じている木竜麻生さんも美男美女ですけど、それと同時に不思議な匿名性が担保されているというか。役者が役を演じてる感じがないんですよね」
加藤「“匿名性”は、僕がすごく大事にしていることです。俳優の“顔”が、役を越えて出てくることが僕はすごく嫌で。俳優のパーソナリティを基に、そこから映画やドラマを作っていくとかは嫌です」
宇野「よくわかります」
加藤「それは、自分自身についてもそう思うんですよ。僕が活動を始めた時には残念ながら“匿名”っていうアイデアには至れなかったんですが、もし昔に戻って匿名で活動が始めることができたら、絶対に匿名で活動していただろうなって思うぐらい、僕のなかで一つの大きなテーマになっていて」
宇野「へえ!いや、音楽シーンに最近出てきた歌い手とかボカロPとか、やたらと匿名の人が多いじゃないですか。ライブをやっても、ステージにスポットライトは当てないから顔はよく見えないみたいな」
加藤「あの気持ち、めちゃめちゃよくわかりますね。変な話、もし僕が女性監督だったら、この『わたし達はおとな』の受け止められ方も全然違ったと思うんですよ」
宇野「どっちが良い悪いとかではなく、確かに違うものになってたでしょうね」
加藤「そういうことってすごく多いじゃないですか。それが嫌なんですよ」
宇野「卑近な例でいうと、ライターの世界でも、最近は男性か女性かすぐにはわからない匿名ライターってすごく増えてるんですよね。しかも、力のある人ほどそうだったりする」
加藤「そうなんですか。いや、でもすごくわかりますね。僕の男性というアイデンティティが公になっていることで、見られ方がある程度決まっちゃうことに関しては、『クソッ!』と思いますよ」
宇野「それは本当にクリティカルな話で。実際、いまヤバいですよ。男性の書き手には男性の読者しかつかなくて、女性の書き手には女性の読者しかつかないみたいな、そういう分断がいたるところで起こってる。ただでさえカルチャー全体のマーケットがシュリンクしているなかで、一体みんななにをやってるんだって思うんですけど。だから、作り手の性別を隠せるものなら隠したほうがいいと若い人たちが思うのも無理はないです。僕は30年近くこの仕事をやってるんで男性であることを引き受けてますけど(笑)」
加藤「同意しかないですね」
宇野「でも、加藤拓也って名前、ちょっと架空の人物みたいな名前ですよね。ちょっと匿名感ありますよ、男性性は消せないけど(笑)」
加藤「めちゃくちゃありきたりな名前だなあと(笑)」
宇野「ありきたりだけど、わざとらしくないありきたり感があっていいですよ。先ほど、書いているホンの順番と、世に出ている作品の順番が全然違うっておっしゃってましたけど、ということは、まだ演劇にも映画にもなっていない作品が結構ある?」
加藤「たくさんあります」
宇野「まだ若いから、新しいホンもどんどん書いてる感じですよね?その過程で、日の目を見ずに埋もれていく過去のホンとかもあったりするんですか」
加藤「ありますけど、ホンって一度書いたら終わりじゃなくて、詰めの作業が重要で。初稿が上がってから完本するまでに、僕は結構時間をかけるタイプなので。最初に書いたものと出来上がったものが全然違うのもよくあることで。途中で止めたり、発表しないままになったり、時を経て発表したりと、いろいろですね」
宇野「これだけのデビュー作をものにしたわけで、当然、映画は今後も続けていくんですよね?」
加藤「2年に1本は撮れるといいな、と思ってます」
宇野「おお、結構なペースですね。専業の映画監督でも、そのペースで撮れれば、生活は出来ないけど現役感はある(笑)」
加藤「今回いろいろ反省点も出たので、早くまた撮ってみたいです」
宇野「反省点というのは、具体的には?」
加藤「シーンにするにあたって、もっと抜粋できるところがあるよなとか、撮りたいものに対しての準備方法とか、撮り方も本の書き方も全てです。そういういろんな反省点を活かしながら、どうすれば撮りたいものに近付けていけるのかという準備など1作撮ってみて少しわかってきたので…。あとは演劇を、年に2、3本いまやっているので、そのくらいのバランスで」
宇野「そのペースで両方が続けられたらすごいですね」
加藤「理想ですけど、そのくらいを目指していきたいですね」
宇野「好きな映画監督とかっているんですか?」
加藤「あまりたくさん映画を観ているわけじゃないんですけど、名前を挙げるとしたらアンドリュー・ヘイですかね」
宇野「あ、加藤さんが好きなのすごくわかります」
加藤「アンドリュー・ヘイ、いいですよね」
宇野「でも、アンドリュー・ヘイって、すっごく映画に詳しくて、現在の作家もちゃんと追ってる人じゃないとなかなか出てこない名前ですよ」
加藤「『さざなみ』も『ウィークエンド』も『荒野にて』も、むっちゃくちゃいいですよね」
宇野「テレビシリーズもいくつか撮っていて、彼が撮ったNetflixの『The OA』のエピソードも最高なんですよ」
加藤「あ、テレビシリーズまでは追ってないですけど、そうなんですね。彼の作品を観てると、作品を撮るたびにどんどん洗練されていて、そういう点でも励まされますね。『ウィークエンド』や『さざなみ』にあった繊細なリアリズムを一切損なわずに、『荒野にて』ではダイナミズムまで手に入れていて」
宇野「いまって、いい作品だけでも普通の人だったら絶対に見きれないくらい量がある時代じゃないですか。でも、そこでそんなにたくさん作品を観てないと言いながらアンドリュー・ヘイにパッと行き着くっていうのは、さすがの知性というか、さすがの感性ですね。今日はとても刺激的な取材でした」
加藤「こちらこそ。ありがとうございました」
取材・文/宇野維正