小島秀夫が2009年に起きた『アバター』ブームを分析「大ヒットした要因は、やはりプロットのうまさ」
「ジェームズ・キャメロンが先駆者として切り開き、残した足跡の上をフォロワーが歩く」
『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』でキャメロンは、滑らかな動きを可能にするハイフレームレート(HFR)、解像度の高い3D映像、リアルな視覚効果など、前作を超える映像の限界に挑んでいるという。この点について、小島はゲームクリエイターとしての視点も交えつつ、次のように語る。「前作で新たな3D映画の次元を拓いたキャメロンですが、次はやはりフレームレートでしょう。ゲームでもそうです。次に来るエンタメの波はフレームレートだと思っています。僕が子どものころ(1970年代)にダグラス・トランブルが提唱した理論、“ショースキャン”を覚えている人もいるかもしれません。人の脳は秒45フレームを超えると、それを現実だと錯覚する。これは科学的には立証はされてはいませんが、この波がエンタメ界に確かにくるはずです。ピーター・ジャクソンも一時期、提唱していたような。その最初の衝撃が『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』になるのではないでしょうか。前作が今世紀における3D映画の先駆けとなったように」。
小島にとって、ジェームズ・キャメロンとはどのような存在なのだろう?「彼は自分の頭の中にあるイメージを表現するために、技術そのものから生みだします。すでにある技術やツールを使うのではなく、まだ存在しない新しい技術を自ら作りだし、それらを使うことで新しい作品を生みだしています。水中カメラやCGI、パフォーマンスキャプチャー、3Dカメラなど。彼の映画作りは、ゼロからの、インフラからの“ものづくり”です。すでにある技術やツールの再利用ではないのです。彼がすごいのは、前進を続けるところです。後退することはしません。常に未来に向かいます。21世紀になって、CGに背を向けた退行指向の監督とは違います。CGや新たな技術を彼が開拓してきたからです。そこがゲーム作りと似ているところです。映画もゲームも、誕生した時から常にテクノロジーの進歩と共に歩んできた表現だからです。そして、先駆者である彼が切り開き、残した足跡の上をフォロワーが歩くのです。彼は映画人のなかでも特別な存在です」。
「技術は道具でしかない。重要なのは、妥協なき徹底した配慮と、それらを実現させる超人的な情熱」
小島も自身の作品「DEATH STRANDING」で役者をキャプチャーしてデジタルで再現し、リアルな世界に“没入”させるということに挑んだ。同じように『アバター』の3D映像で、作品世界に“没入”させるためテクノロジーを駆使したキャメロンに、共感する部分はあるのだろうか?「SFやファンタジー世界はリアルでなければなりません。しかし、ただリアルなだけでは新たな世界を作る意味はありません。CGIを駆使して、過去の世界を再現した歴史物を作るというのもいいでしょう。ただそれは僕らが目指すものではありません。いままでに見たことのない世界、のぞいたことのない世界、それを作りたいのです。しかし、現実に存在しない世界に人を“没入”させることは、かなりの困難を伴います。嘘の世界ですから。嘘を感じさせず、なおかつ実在しない世界をリアルに捉えさせるためには、あらゆる配慮が必要です。“没入”に必要なのはディテールです。わずかの手抜きも命取りになります。ただテクノロジーを使うだけではそれは達成できません。技術は道具でしかありません。重要なのは、妥協なき徹底した配慮と、それらを実現させる超人的な情熱です。彼の映画にはそれがあります。だからこそ、僕は物作りに行き詰まった時、彼の映画のメイキングをよく見直します。作品以前に、物作りへの姿勢や情熱に共感するからです」。
構成・文/編集部
1963年、東京都生まれ。ゲームクリエイター、株式会社コジマプロダクション代表。1987年、初めて手掛けた「メタルギア」でゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。独立後初作品となる「DEATH STRANDING」ではノーマン・リーダス、マッツ・ミケルセン、レア・セドゥなど世界的名優たちを起用。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンタテインメントへも、創作領域を広げている。