ポール・トーマス・アンダーソン映画に見る、LA郊外サンフェルナンド・バレーにおける家族像
世界三大映画祭のすべてで監督賞受賞経験を持つ天才監督ポール・トーマス・アンダーソン。強烈な作家性の持ち主として知られ、公開中の『リコリス・ピザ』でもそのこだわりを存分に発揮している。数々の彼らしさのなかでも今回は、サンフェルナンド・バレーという土地について、ひも解いていきたい。
ビジネスを通じて近づいていく男女の不思議な恋模様
アンダーソン監督の最新作『リコリス・ピザ』は、1970年代のサンフェルナンド・バレーを舞台に、高校生の青年と年上女性の恋模様をみずみずしく描く青春ドラマ。高校の写真撮影のアシスタントスタッフとして働くアラナ(アラナ・ハイム)は、子役として活動している高校生のゲイリー(クーパー・ホフマン)に声をかけられ、強引な誘いに根負けし一緒に食事をする。
高校生ながら俳優だけでなく、実業家としてビジネスを展開する怖いもの知らずのゲイリー。彼がウォーターベッドの販売に乗りだすと、アラナはビジネスパートナーとなり距離を縮めていくが、移り気な2人はつかず離れずを繰り返し…。一見ありえないようなロマンスが綴られる、どこか浮世離れしたユニークな物語が展開する。
映画、テレビ、そしてポルノ。ショービジネスの街、サンフェルナンド・バレー
ロサンゼルス北部、ハリウッド郊外に位置するサンフェルナンド・バレー。カリフォルニア在住の映画ライター、平井伊都子が「ユニバーサルスタジオ、ワーナー、ディズニーが近いので、サンフェルナンド・バレーには映画関係者(特に撮影に関わる技術系)が多く住んでいる印象です」と語るように、映画スタジオやテレビ局が多く立ち並ぶ街だ。
「映画でいうと、クエンティン・タランティーノの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のブラッド・ピットが住んでいたあたり(Van Nuys)で、オリヴィア・ワイルドの『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』でもサンフェルナンド・バレー周辺のロケ地をよく使っていました」とのコメントの通り、様々な作品に登場している。
なかでもアンダーソン監督作品では『リコリス・ピザ』以外にも多くの作品の舞台に。なぜならこの地はアンダーソン監督が育った場所であり、そしていまなお住んでいる所なのだ。出世作『ブギーナイツ』(97)では、映画と並ぶサンフェルナンド・バレーの一大産業であるポルノに光を当て、高校を中退した主人公青年が、ポルノスターとして業界でのし上がり、そして破滅していく様子を活写した。
あるご長寿クイズ番組の司会者や元出演者など、男女9名の24時間にわたる人間模様を描いた群像劇『マグノリア』(99)や、トイレ用スッポンメーカーを経営する冴えない男の恋を描く『パンチドランク・ラブ』(02)もこのサンフェルナンド・バレーが舞台だ。
『リコリス・ピザ』でも、主人公ゲイリーやショーン・ペンが扮したジャック・ホールデンら俳優、ブラッドリー・クーパー演じたジョン・ピーターズといった映画プロデューサーなど、多くの映画関係者が登場。映画のキャスティングなどもよく行われていたレストラン、テイル・オコックをはじめとする実在した店などを交えながら、この土地ならでは派手な人間関係を見ることができる。