炊きたてご飯に塩辛、すき焼きに舌鼓…荻上直子監督作品に欠かせない”食”の味わい
おにぎり、かき氷、唐揚げ、イカの塩辛…人間関係を築く潤滑油となる食べ物たち
また、『かもめ食堂』を筆頭に、荻上作品では美味しい食べ物が人間関係を築く潤滑油として作用する。
『川っぺりムコリッタ』では「イカの塩辛」と、島田の手作りの「漬物」をオカズに、山田と島田が日々の食卓を囲む。お茶碗にこんもり持った白米を頬張りながら2人は取り留めのない世間話をするだのだが、ある時、山田は長らく音信不通だった父が孤独死をしたらしいと他人事のように語る。しかし島田に諭され市役所を訪れた彼は、引き取り手のない遺骨がたくさんある現状を知り、誰にも看取られずに亡くなった父に想いを馳せる。
こうして食べることを通じて山田は少しずつ自分について語りはじめ、閉ざしていた心を開放させていく。そして『かもめ食堂』に続いて小林&もたいが続投した『めがね』でも、構われることを嫌うタエコ(小林)が、海辺の民宿「ハマダ」で住人たちと過ごすうちに自分なりの“たそがれ方”を見つけ、態度を柔軟にしていく姿がつづられる。
この作品でキーとなるのは、毎年春になるとやってくる中年女性サクラ(もたい)が浜辺で振る舞うかき氷。ハマダの主人のユージ(光石研)はこのかき氷を食べたことをきっかけにこの地への移住を決意したのだという。この他にもユージが作る野菜たっぷりの朝食や、三段重に収められた煮物や唐揚げ、カラフルなちらし寿司(しかし、タエコは辞退して食べなかった)など、丁寧に作られた食事の数々に目を奪われる。
すき焼き、おにぎり、ロブスター…登場人物たちの関係構築を祝うハレの日の料理
このように荻上作品では食べ物が重要なツールとなっていることは間違いないが、人間関係が熟成されある種の到達点を迎えた時、彼らは一堂に介して作品にちなんだ特別な料理を謳歌する。
そのシーンがさりげなくも印象的なのが、“脱、癒し系”として制作された『彼らが本気で編むときは、』(17)。生田斗真がトランスジェンダーのリンコに扮し、彼氏のマキオ(桐谷健太)とマキオの姪っ子のトモと同居生活を送るうちに疑似家族のような強い絆を構築していく。料理上手のリンコが作る美味しい料理が日々の食卓を飾り、トモはリンコが作ったキャラ弁がもったいなくて食べることを躊躇する一幕も。そんな3人がリンコの良き理解者である母親宅を訪れて食べたのは、家族の団らんを象徴する鶏肉だんごが入った熱々の鍋だった。
そして『川っぺりムコリッタ』では、ムコリッタの住人たちがすき焼きに舌鼓を打つ。高級墓石が売れた溝口は、奮発して息子とすき焼きを自宅で食べるのだが、その匂いを嗅ぎつけた島田と山田、そして南親子までもが駆けつけて鍋をつつき始める。賑やかで幸せな時間が流れ、彼らが育んだ連帯感に胸が熱くなる心に残る名シーンとなった。