怒涛の“冒頭11分”が話題のNetflix『アテナ』。カラトーゾフ、黒澤明、リドリー・スコット…ロマン・ガヴラス監督が影響を語る

コラム

怒涛の“冒頭11分”が話題のNetflix『アテナ』。カラトーゾフ、黒澤明、リドリー・スコット…ロマン・ガヴラス監督が影響を語る

『アテナ』より
『アテナ』より[c]Netlix

タイトルの『アテナ』は、舞台となる団地の名称であると共に、ギリシャ神話における都市の守護女神に由来している。監督の出自からも、ギリシャ神話の悲劇に構想を得ていることは想像に易い。ガヴラス監督によると、「私は常に、ギリシャ悲劇からインスピレーションを受けてきました。象徴性と時間軸の統一性、現実を超越する手法に魅了されているからです。しかし、悲劇を助長するような状況を舞台にしていますが、今作はフランスの郊外都市や警察を分析するものでもなければ、社会学的な研究でもありません。登場人物を善悪に分けるのではなく、運命と罠に突き動かされながら、無常にも悲劇へと向かう登場人物たちによる合唱が、カオスに向かって急速に進む、オペラのように振り付けされた作品という位置づけです」と、あくまでも“創作”であることを強調する。

「『アテナ』はどの時代でも起こりうる話」

フランスでは、この作品が孕むテーマが分断社会を一方的に煽るものだとする批判もあると聞くが、ガヴラス監督はこの密接な没入感を与える物語に過度に時代性を重ね合わせることを否定している。「このテーマを、ドキュメンタリーや社会的現実として描くのではなく、映像を使って時代を超えた象徴的なものにしたいと思いました。『アテナ』は、過去でも未来でも、どの時代でも起こりうる話です。私の野望は、メッセージ性のある映画を作ることではなく、感情を作り出し、センセーションを起こすこと。いま、ヨーロッパではどこでも極右が台頭しており、誰もがそれを感じているでしょう。この映画における野望は、戦争の影には常に、戦争を推し進める人々が潜んでいることを示すことでした。戦争は主語ではありません。フランスでも、イタリアでも、ギリシャでも、アメリカでも、同じことが起きています。そして、目的を達成するための手段は、常に転用されます。トロイア戦争から現代の戦争まで、歴史は繰り返されるものです」。物語を描くうえでは、ある種のヒーローの登場が必要不可欠だと考える。「映画というものは、とにかく登場人物を英雄化するものです」と語り、なぜ11分の長回し映像で映画を始め、燃え上がるようなクライマックスを迎えるのかをこう説明している。

民衆を率いて暴動の中心に立つカリム(右)
民衆を率いて暴動の中心に立つカリム(右)Kourtrajmeuf Kourtrajme

「この物語では、冒頭でサミ・スリマンが演じるカリムというキャラクターを英雄化する必要がありました。彼は武将でなければなりません。なぜ若者たちが彼に従うのか、その理由を理解しなければなりません。ただし、少しずつ崩壊していくのですが。映画の中のカリムについて語るとき、少しポップな表現を使い共通認識を得るようにしました。「だんだんと、彼はダース・ベイダーになる」と。つまり、この映画はある種の興奮から始まるのです。しかし、すべての革命がそうであるように、燃え盛る行動の始まりがそうであるように、興奮があり、ヒロイズムがあり、少しずつ崩れていき、最後には悲劇的な結末を迎えるのです、彼は、自分よりもほかの誰よりも強い暴力に足を踏み入れ、大きな炎と混沌の中で終焉を迎えるのです」

『アテナ』より
『アテナ』よりKourtrajmeuf Kourtrajme

「登場人物たちによる合唱」とガヴラス監督が言うように、音楽にもオペラ的要素が活かされている。音楽監督を務めたSurkin(ガヴラス監督とはGENER8IONのプロジェクトで組んでいる)は、共通の友人で10年前に亡くなったDJ Mehdiが作曲した楽曲をもとに音楽を組み立てた。Surkinは「映画の舞台が都市だからと言って、ラップを入れるというお決まりの展開は避けたかったのです。映画のギリシャ悲劇的な要素を強調するために、時代性を否定せずに、かつ完全に解離しないタイプの音楽を作ろうと考えました」と語る。さらに、ギリシャ悲劇の要素を活かすために、ギリシャのアーティスト、Noda Pappasがギリシャ語で書いた歌詞を合唱団が歌っている。ラップをオーケストレーションし、ギリシャ語で歌ったコーラスを入れることによって、映画により普遍的な印象を与えている。ガヴラス監督は、「映画音楽は、イコノグラフィー(表現の意味や由来などを研究する学問)の意味を持つ。映画では普遍的な衝突を描いているため、このような音楽を取り入れたかったのです」としている。

『アテナ』より
『アテナ』より[c]Netlix


物語、映像、音楽と、ロマン・ガヴラスという監督が持つ様々な要素が高純度で表現されたような映画だが、彼が今作を作るうえで影響を受けた作品群を明かしている。長回し映像の多用は、ミハイル・カラトーゾフ監督『怒りのキューバ』(64)から。黒澤明監督の『乱』(85)からは、整然とした軍隊の姿のリファレンスを得て、『アテナ』では「現代のサムライのような機動隊と、全員がサッカーのトラックスーツを着た若者が衝突する」としている。「血、戦争、家族といった悲劇的な側面に復讐というテーマが置かれ、輝きと悩みを抱えたキャラクター」をリドリー・スコット監督『グラディエーター』(00)から、フランシス・フォード・コッポラ監督『地獄の黙示録』(79)やポール・グリーングラス監督の『ブラッディ・サンデー』(02)からは、悲劇や恐怖を息を止め観る緊迫感を得たという。また、フェデリコ・フェリーニ監督『フェリーニのアマルコルド』(73)からは、「あるキャラクターが、直接引用のようなセリフを発している」のだそうだ。

ロマン・ガヴラス監督はじめ『アテナ』チーム
ロマン・ガヴラス監督はじめ『アテナ』チームPhotographed by Earl Gibson III ©Hollywood Foreign Press Association. All Rights Reserved.

そして、最後に挙げたのはロマン・ガヴラス自身。「自己言及も少しはあります。この映画は、15年にわたって、群集というものに個人的にこだわってきたこと、暴力の問題、イメージの象徴性、そしてミュージックビデオや以前のプロジェクトで探求してきたことに終止符を打つものとなりました。この映画における個人的な挑戦のひとつは、このような執着に一線を画し、成熟した方法で物語を語ることだったんです」。彼の挑戦は見事に成功し、いま、世界中はロマン・ガヴラスという新しい才能に夢中になり始めたところだ。

文/平井伊都子

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