是枝裕和監督に聞く、映画祭の現在と未来。“映画祭の師”トラン・アン・ユンとの思い出から映画の本質まで

インタビュー

是枝裕和監督に聞く、映画祭の現在と未来。“映画祭の師”トラン・アン・ユンとの思い出から映画の本質まで

是枝裕和監督が東京国際映画祭の改革に参加して3年目を迎える。「恥ずかしい映画祭をやるくらいなら止めてしまったほうがいい」と言い続けていたところ、2019年に就任した安藤裕康チェアマンから具体的な改善策を求められ、変革が行われている最中だ。MOVIE WALKER PRESSでは、35回目を数える東京国際映画祭開幕直後に独占インタビューを行い、2022年に変化した点や、これから東京国際映画祭が進む道について話を聞いた。

「シンプルに映画っていいもんだなって思いました」

是枝監督の最新作『ベイビー・ブローカー』(22)は、5月に行われた第75回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に選ばれ、パンデミック後初となる映画祭に参加した。そこで、映画祭と映画に対する想いを再確認したという。

2022年は、『ベイビー・ブローカー』を引っ提げ世界各国の映画祭に参加した是枝裕和監督
2022年は、『ベイビー・ブローカー』を引っ提げ世界各国の映画祭に参加した是枝裕和監督Photographs by Earl Gibson III / HFPA

「シンプルに映画っていいもんだなって思いました。知った顔に、久しぶりにモニター越しじゃない場所で会って、肩をたたき合ってハグして。それ自体は以前の体験と変わらないけども、すごく新鮮に感じられました。映画は、人と人をつなぐもの。場所も人も強制的に隔てられていた数年間を経て、映画を媒介にすれば、簡単に隔たりを乗り越えて集うことができる。改めて映画の持つ力を感じました」。

2020年のカンヌ国際映画祭は公式セレクションを発表したのみ、2021年は7月に延期し、感染対策を万全に施したうえでの開催だった。3年ぶりに全機能が戻り完全開催となった今年、映画祭のメイン会場の前に建つ高級ホテル、バリエール ル マジェスティックの壁面を、『ベイビー・ブローカー』とパク・チャヌク監督の『Decision to Leave(英題)』の大きな垂れ幕が飾った。その光景から、『ベイビー・ブローカー』の製作・配給を担った韓国のCJ ENMの「本気」を感じたという。韓国映画界にとって、カンヌは映画ビジネスの主戦場なのだ。

カンヌの高級ホテル、バリエール ル マジェスティックに『ベイビー・ブローカー』の巨大な垂れ幕も飾られた
カンヌの高級ホテル、バリエール ル マジェスティックに『ベイビー・ブローカー』の巨大な垂れ幕も飾られた

「海外展開に関して言うと、CJは圧倒的に力も資金もあります。垂れ幕にいくらかかるのかわかりませんが、日本の映画会社ではありえないでしょうね。海外配給権を売るにしても、セールス・エージェントに任せきりではなく、主導権を手放さず自分たちでやる。その強靭さと強引さを、なかなか興味深く見ていました。そういうことも含めて、ちゃんとカンヌでプレゼンテーションしていくぞという強い意志があります。また、今年はカンヌを取材する韓国メディアが、『パラサイト 半地下の家族』の時の40媒体よりも増え、およそ80媒体にものぼったそうで、囲み取材だけでとんでもないことになっていました。海外でのプレゼンテーションを重視すると同時に、カンヌから韓国国内にどう報道するかという意識が、僕が考えていた以上に強かった」。

「映画祭が発信基地だっていう考え方を、トラン・アン・ユンが教えてくれたんです」

映画監督として映画祭に参加するなかにも、観察する視点があるのが是枝監督らしい。同じように、初監督作『幻の光』(95)がヴェネチア国際映画祭に選ばれ、初めての映画祭に乗り込んだ際も、ドキュメンタリーディレクターの視点が働いていた。「映画祭の出品が決まるまでは、日本の公開すら決まってない状況だったので。いま思うと本当にみっともないけど、なにかの賞でも絡んでハクをつけないと、日本で公開できないと思っていて。5000万しか集まってないのに、 1億も使っちゃったから。赤字のままだったら、もう 2本目はないだろうなっていう状況だった。かなり内向きな理由で、映画祭の参加の仕方すらわからなかった。でも、僕もテレビディレクターだから、行った瞬間に『映画祭ってなんだ?』みたいな、『チラシを配ってる人は何者なんだろう?』とか、取材を始めたんです。ヴェネチアと次のトロント国際映画祭とバンクーバー国際映画祭で、パブリシストっていう人がいる、とかセールス・エージェントをつけなければいけない、などを学んでいきました」。

その時に、映画祭の先輩として導いてくれたのが、『青いパパイヤの香り』(93)で鮮烈なデビューを飾り、カンヌ国際映画祭カメラ・ドール(新人監督賞)を受賞したトラン・アン・ユン監督だった。

『青いパパイヤの香り』(93)や村上春樹原作『ノルウェイの森』(10)を手掛けた名匠、トラン・アン・ユン監督
『青いパパイヤの香り』(93)や村上春樹原作『ノルウェイの森』(10)を手掛けた名匠、トラン・アン・ユン監督[c]EVERETTE/AFLO


「『シクロ』の年です。彼は『青いパパイヤの香り』で、映画祭のいろいろなことを一通り経験して、『シクロ』は完全に体制ができた状態でヴェネチアに乗り込んで来ていました。同い年ですぐ仲良くなって、『どうやって来てるの?』みたいな話をして、すごくいろいろと説明してくれました。『僕はパリで試写会をして、まずそこで口コミを広げたうえでヴェネチアに来てる』と(笑)。セールス・エージェントとパブリシストがいるから、ここから世界に発信していく、映画祭でのプレゼンテーションを終えて自国に帰るんじゃなくて、ここが発信基地だっていう考え方を、彼が教えてくれたんです。それでパブリシストを紹介してもらって、次のトロント国際映画祭で何人かのセールス・エージェントの話を聞いて。そこで、字幕とパブリシストとセールス・エージェントの3点セットを、ちゃんと組織していないと、特にカンヌとヴェネチアでは戦えないと学びました。作品の力だけでも映画祭に選んではもらえるけれども、そこから広げていくためには組織戦である、と」。

その年、トラン・アン・ユン監督は『シクロ』でヴェネチア国際映画祭金獅子賞(作品賞)を受賞している。1995年の是枝監督とトラン・アン・ユン監督のように、映画祭との付き合い方をレクチャーすることもある。是枝監督が共同で教鞭を執っていた早稲田大学の「映画制作実習」の受講生だった奥山大史監督は、映画祭の仕組みに興味を持ち、話を聞きにきた。奥山監督は、『僕はイエス様が嫌い』(18)で第66回サン・セバスティアン国際映画祭最優秀新人監督賞を受賞、今年の釜山国際映画祭の映画企画マーケット(APM=アジアン・プロジェクト・マーケット)にも参加し、ARRIアワードを受賞している。

大きく羽ばたく「第35回東京国際映画祭」特集

関連作品