朝ドラヒロインから狂気の母をも体現…女優・戸田恵梨香の歩みをいまこそ振り返る
戸田恵梨香にとっての新たな挑戦であり、領域となった『母性』
ということは、『母性』で演じた一人娘がいる母親のルミ子も自らが望んだ、自分のパーソナリティに合致した役ということなのだろうか?そのように想像したが、戸田からは「最初はお断りしたんです」と思いがけない言葉が発せられた。
「私のなかでは、私とルミ子が一致しなかったんです。私が実際に子どもを産んでいて、子育ての葛藤や子どもへの愛情を考える経験やきっかけがあれば心理的に表現できるかもしれないですけど、その経験がないですから。それに、娘の清佳が高校生になった時の母親としてのルミ子のお芝居はできないと思ったんです」。
本作は冒頭にも書いたように、湊かなえの同名小説を、『余命1か月の花嫁』(09)、『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(17)、『ノイズ』(22)などの廣木隆一監督が映画化した衝撃の愛憎ミステリー。女子高生が自宅の庭で死亡した事件の真相に、“娘を愛せない母親”と“母親に愛されたい娘”、それぞれの異なる視点で迫っていく物語で、本作のあとに撮影したドラマ「ハコヅメ~たたかう!交番女子~」でも戸田と共演した永野芽郁が、娘の清佳を演じていることも話題になっている。
それなのに、「最初はお断りした」という思いがけないコメント。しかし、それでも戸田が本作への出演を決めた要因には、プロデューサーの谷口達彦が長い時間をかけて役の説明をしたことにあったそうだ。
「そこまで言ってくれるんだったら、なにかを見いだせるかもしれないなと思って。これまでは自分がイメージできない役はお断りさせていただいていたんですけど、毛嫌いするのではなく、自分を奮い立たせるために久しぶりに挑戦すべきだなと思って、出演を決めたのが正直なところです(笑)」。
戸田自身は控えめにそう言うが、この言葉からは『母性』のルミ子役は多彩な女性を演じてきた彼女にとっても新しい挑戦であり、未知の領域だったことがよくわかる。
だが、そこは戸田恵梨香。本作での彼女の芝居も思わず息をのむ仕上がり。ルミ子にとって実母(大地真央)は絶対的な存在で、前半は母と同じように物事を捉え、同じ価値観や美意識を持ちたいと思っている様を、母親を憧れの感情と共に仰ぎ見る、大きく見開いた上目遣いの瞳で体現。中盤からは、自分とは違う感情を持ち、実母を傷つけるような発言をしたり、ルミ子を庇うために義母(高畑淳子)に反抗的な態度を取る娘の清佳につらく当たる様を、冷ややかな空気感と鬼のような厳しい言動で作り上げ、生々しい狂気が感じられるように演じていた。
なかでも、同じ出来事をルミ子と清佳の2人の異なる回想で振り返り、本作のテーマである“母性”を視覚的に決定づける中盤のシーンでは、容姿は同じなのにまるで違う人間に見えるルミ子を繊細にして圧倒的な芝居で構築し、観る者の目を釘づけに。『母性』を観れば、戸田恵梨香のとてつもない表現力とただならぬ進化を、改めて確信することになるに違いない。
文/イソガイマサト