2022年、隠れた傑作を見逃してない?『さかなのこ』は、“好き”に自信を持てない人々へ贈る、爽やかなエールだ!
沖田修一監督の“人間愛”あふれる演出が、グッと胸に迫る!
監督デビュー作『南極料理人』(09)では南極観測隊の隊員たちの日常を美味しそうな食事と共に描き、『キツツキと雨』(12)では無骨なキコリと若い映画監督の交流を、『モリのいる場所』(18)では画家の熊谷守一の晩年をユーモラスと温かみをもって描きだした沖田監督。
個性的な主人公の魅力を存分に引きだし、脇役に至るまで1人も取り残すことなく活かそうとする“人間愛”にあふれた演出力と卓越したストーリーテリングは、現在の日本映画界でも随一。しかもその才能を限りなくポップな笑いに乗せて見せてくれるのだから格別だ。
本作では『横道世之介』(13)から10年ぶりに前田司郎とタッグを組み、共に脚本も執筆している。公開前に行われたトークイベントのなかで沖田監督は「ミー坊はずっと変わらずに周りを巻き込んでいき、その周りの人たちが勝手に変わっていく。その感じは『横道世之介』の主人公の世之介とよく似ています」と語っていた。高良健吾を主演に迎え、吉田修一の同名小説を映画化した『横道世之介』は、1987年の東京を舞台に、大学進学のため長崎から上京してきた横道世之介と、彼を取り巻く人々の青春模様を描いた物語で、公開から10年経ったいまも多くの映画ファンから熱烈に愛されている作品だ。
どこにでもいそうな感じだけれど、不思議と周りに影響を与えてくれる横道世之介と、決してどこにでもいるわけではないが持ち前の溌剌さで周りを巻き込んでいくミー坊。対照的な両者ではあるが、そこには沖田監督が考える“ヒーロー像”という点で共通している。「僕のなかにあるヒーロー像は、“特別じゃない”ということ。同じように傷つき、どう生きていいのかわからない人であってほしい」。等身大で生きる主人公の姿を、同じ目線で見つめる。そのスタンスにもまた、沖田監督らしい優しさがあふれている。
柳楽優弥らが演じる、愛すべきキャラクターたちにも注目
沖田監督が「ずっと変わらないミー坊が大きな筋として存在していて、周りの人たちは変わっていく。周りが変わっていくからミー坊の変わらなさが際立つのです」と説明している通り、ミー坊を取り巻く登場人物たちも本作には欠かせない。
幼なじみのヒヨを演じるのは柳楽優弥。高校時代のシーンでは“狂犬”と恐れられるヤンキーに扮し、原付バイクを乗り回して現れるやミー坊とズレたやり取りを見せて笑いを誘う。ミー坊と同じ高校に通う総長役の磯村勇斗、近所のライバル校のヤンキー“カミソリ籾”を演じる岡山天音も絶妙にコミカルで、ヤンキーたちのキャラが立ちまくった喧嘩シーンは喧嘩をしているはずなのになぜか愛らしい。大人になってから彼らが再登場するシーンはどれも胸がアツくなるはずだ。
おなじくミー坊の幼なじみであるモモコ役を演じるのは、テレビドラマ「silent」での好演が記憶に新しい夏帆。大人になってから再会し、ミー坊はシングルマザーとなったモモコとその娘と3人で一緒に暮らすことになる。沖田監督の作品では散見される“擬似家族”というテーマが、この映画に程よく切ないスパイスを与えていく。さらに父親役の三宅弘城に母親役の井川遥、高校の先生役を演じる“さかなクンの同級生”ドランクドラゴンの鈴木拓、そしてミー坊たちの子ども時代を演じる子役まで、全員が輝きを放っている。