“小悪魔”として描かれ続けた1960年代のイットガール、カトリーヌ・スパークが本当に欲しかったもの
映画ファンのための“ここでしか観られない”作品の数々を発信する動画配信サービス「スターチャンネルEX」では現在、ジェラール・フィリップ、カトリーヌ・スパーク、ジャン=ルイ・トランティニャンといった懐かしのヨーロッパ銀幕俳優たちの出演作を特集配信している。コラムニストの山崎まどかが、1960年代に“イットガール”として地位を確立し、 当時を代表するアンナ・カリーナやクラウディア・カルディナーレと肩を並べるほど人気を誇ったカトリーヌ・スパークをフィーチャー。若くしてデビューした彼女の代表作4作品を振り返りながら、その魅力を深堀りしていく。
若さが世間を揺るがす、そんな新時代の到来を感じさせる美しさが光る
カトリーヌ・スパークはその名のとおり、閃光を放って1960年代のイタリア映画に現れたスターだった。ただし、イタリア人ではなくベルギーの出身である。颯爽とデビューした10代半ばの彼女は輝いていた。長いまつ毛に縁取られた神秘的な眼差しに、スラリとした肢体。若さが弾けるようだが、同時にどこかひんやりとしたところがあって、ほかの同世代の女優と比べて異彩を放っていた。首相をはじめベルギーで政治家を輩出した名門家庭の出身というのも大きいのかもしれない。フレッシュでありながデカダンでもあるというその相反する魅力が、スクリーンで輝いたのだ。
彼女をスターに押し上げた映画の1本が『太陽の下の18歳』(62)だ。タイトルこそ18歳だが、撮影当時のカトリーヌはまだ15歳!イスキア島で思いっきりバカンスを楽しもうとする若者の一団を追ったコメディで、彼女は名前が似ているためにホテルで同じ部屋に泊まる羽目になったニコラという青年と恋に落ちる、ニコルというヒロインを演じていた。
戦後生まれが新世代の若者として台頭し始めた時代の、他愛もなくて、キュートで、とびきり楽しい作品だ。音楽を手掛けるのはエンニオ・モリコーネで、このころ流行っていたダンス、ツイストのリズムを使ったナンバーが最高である。そして15歳のカトリーヌ・スパークほど、ツイストを踊らせて絵になる女優はいないのだ。カトリーヌ演じるニコルがニコラに見せつけるためにほかの男性とツイストを踊るシーンがある。クロックトップのレースのサマーブラウスと白いパンツで、可愛いおへそを見せながら彼女が腰をひねってツイストする、この場面は映画のハイライトだと言っても過言ではない。無邪気にスパークする笑顔にくびれたウエスト。若さが世間を揺るがす、そんな新時代の到来を感じさせる美しさだった。
フランチェスカの意地悪は不公平な世の中への精一杯の抵抗
『太陽の下の18歳』と同じ年に公開された『狂ったバカンス』(62)にも、彼女がビーチでツイストを踊る場面がある。同じように夏、海に集まって遊ぶ若者集団を扱った映画だが、コメディだった『太陽の下の18歳』と大分雰囲気が違う。無軌道で残酷な若者たちの描写は日活映画『狂った果実』(56)の太陽族のそれとの同時代性を感じさせる。『狂ったバカンス』のほうは、若者たちに翻弄される40代近い男との視点が入っているので、なおさら若者たちは不可解な存在として扱われている。
ウーゴ・トニャッツィ演じる主人公アントニオは金も地位もある中年男だが、たまたまドライブ中に車がすれ違っただけで、ガソリンを奪われ、ビーチハウスに連れ込まれて、若者たちに散々いたぶられる。彼が規範としていることが若者たちには通じず、尊敬を得ることもできない。戦中派の旧世代が1960年代に青春を謳歌する彼らをどんな存在だと思っているかがわかる。彼が酷い目に遭わされてもそこから立ち去れないのは、カトリーヌ・スパーク演じるフランチェスカの魅力ゆえである。中年男性から見れば、突拍子もない行動で彼を翻弄するフランチェスカは“小悪魔”だ。でも、本当にそうだろうか?アントニオは抱き寄せられたフランチェスカが彼の肩越しに投げる虚ろな眼差しに気がつかない。彼女が本質的に抱えている怒りや自分への軽蔑も知らないままだ。
カトリーヌ・スパークはのちにインタビューで、撮影時にウーゴ・トニャッツィにドライブに連れ出されて、身体を撫で回されたと告白している。15歳の彼女が悲鳴を上げて抵抗すると、トニャッツィはカトリーヌ・スパークを車から叩き出したという。それがなんでも手に入りそうな美少女に突きつけられた現実だった。この世界を司っているのは若さではなく、既得権益を持つ年上の男たちだ。事実を知ると、フランチェスカの意地悪はそんな不公平な世の中への精一杯の抵抗として映る。