ティモシー・シャラメが語る、R18+の衝撃作で演じた“人喰い”。カニバリズムが示す、苦悩のメタファー
『君の名前で僕を呼んで』(17)のルカ・グァダニーノ監督とティモシー・シャラメが再タッグを組んだ『ボーンズ アンド オール』(公開中)は、“人喰い”の若い男女が自分自身と向き合いながらたどる道のりを描いたロードムービーで、第79回ヴェネチア国際映画祭では賛否両論を巻き起こしたR18+の衝撃作だ。「ルカにとって初のアメリカ映画であり、その強烈な感性が世界に示されるのを間近で目撃する機会が得られたことをとても光栄に思っています」と、シャラメは本作について振り返る。
生まれつき、人を喰べてしまう衝動をもった18歳の少女マレン(テイラー・ラッセル)は、母親を探す旅のなかで、初めて同じ秘密を抱えるリー(シャラメ)という若者と出会う。人を喰べることに葛藤を抱えるマレンは、超然とした雰囲気を持つリーに次第に惹かれていくが、同族は喰わないと語る気味の悪い男サリー(マーク・ライランス)の存在が、マレンを危険な道へといざなうことになる。
「いまの時代にこそ、心に響く物語だと思いました」
クリストファー・ノーラン監督の『インターステラー』(13)で注目を集め、『君の名前で僕を呼んで』では第90回アカデミー賞主演男優賞にノミネート。以後、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『DUNE/デューン 砂の惑星』(21)やウェス・アンダーソン監督の『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(21)など、名だたる人気監督の作品に次々と起用されてきたシャラメは「ルカが僕にキャリアというものを与えてくれました。彼は情熱的で才気あふれる映画製作者であり、本物の映画監督です」と、グァダニーノ監督への厚い信頼を語る。
対するグァダニーノ監督も、『君の名前で僕を呼んで』以来シャラメとの再タッグを熱望していたようで、シャラメが出演するならばと本作の監督を引き受けたことを明かしている。そんな本作でシャラメが演じたのは、放浪の旅を続けながら出会った人々を殺して食べている、人喰いの青年リー。無邪気さと激しさを兼ね備えている不思議な魅力を、シャラメは全身を駆使して体現している。父親から見放されたマレンが、偶然に引き寄せられるようにリーと出会うことから、物語は大きく動きだす。
「ロードムービーでありつつ、孤独を乗り越えようともがく2人の人物それぞれを描くアイデアは、多くの人々がさまざまな理由で疎外感を感じているいまの時代に、特に心に響くものがありました」と、シャラメは脚本を読んだ感想を振り返る。なぜグァダニーノ監督は自分をこの役に起用したのか。その理由を知るためにシャラメは脚本を読み耽り、そしてグァダニーノ監督や脚本家のデビッド・カイガニックと共にリーというキャラクターを深めていったという。
「ルカと創造的な関係を築くことができたことは、最高にうれしかったです」とその過程を振り返ったシャラメは、「“異質”であること、子ども時代のトラウマや恥など、みんなが振り払うことができずに人生で背負い続けるすべての苦悩のメタファーであると捉えて演じました」と、リーやマレンが抱える特性に込められた現代的なテーマを見つけだして役に臨んだことを明かす。社会ののけ者として、抗えない宿命を抱えながら自分自身の存在意義を探す2人。そうしたマイノリティの不安や青年期特有の心の揺らぎは、『君の名前で僕を呼んで』でシャラメが演じたエリオと共通した部分といえるだろう。
「本気で人を好きになると、自分を見つめ直して不安を感じるようになるのだと思います」
さらにシャラメは、リーの内面にある他者との“壁”について考察していく。「僕がリーにもっとも惹かれたのは、自分の周りに繊細なガラスの城のようなものを築いて対処してきたところです。でもそのガラスの城こそが、彼の不確かで危なっかしい部分を物語っているともいえる。彼は自分を一人ぼっちだと感じていることで、より脆くなっています。だからマレンがリーの心の奥底に触れて、色彩豊かな世界を切り拓いて彼自身を変えてくれることに恐怖を抱くのです。初めて本気で人を好きになる瞬間は、自分を見つめ直し、過去を振り返り、そして不安を感じるようになるものですよね」。
リーに大きな変化をもたらすマレンを演じたのは、『WAVES/ウェイブス』(19)で注目を集めた新鋭テイラー・ラッセル。シャラメはラッセルと互いに意見を交わしながらそれぞれのキャラクターのイメージを共有し、本作の核ともいえる両者の関係性をどう演じるべきかを突き詰めていったのだという。「彼女は非常に活力あふれる類まれなる俳優です。なんでも受け入れて、新しいことにも果敢に挑戦し、現場に熱い気持ちをもたらしてくれる存在でした。また彼女と共演できたらいいな」とラブコールを送った。
そして「慎重で用心深くならざるを得ない2人が、他人に安心感を抱けることを発見し、安らぎを見出していく。このことによって2人が背負っている重荷が軽くなるのです」と、“カニバリズム”という極めて刺激的な題材を通して描かれる若者たちの旅路に、どんな時代にも共通する普遍性があることを説いた。
構成・文/久保田 和馬