アジアのクリエイターが躍進を遂げた第95回アカデミー賞を総括。A24の”種蒔きの成果”と“新しい危機”

コラム

アジアのクリエイターが躍進を遂げた第95回アカデミー賞を総括。A24の”種蒔きの成果”と“新しい危機”

現地時間3月12日に行われた第95回アカデミー賞は、昨年の第94回で晒した大失態を克服する“危機管理”がテーマの授賞式だった。その結果、大方の予想通り『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(以下『エブエブ』)が作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、助演男優賞、編集賞の7部門で圧勝した。1作品で7部門受賞は2008年の『スラムドッグ・ミリオネア』以来の快挙で、製作・配給のA24は『ザ・ホエール』(4月7日公開)の主演男優賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞を含め全9部門を受賞。A24の作品賞受賞は2017年の『ムーンライト』以来、作品賞など主要6部門を同一スタジオが独占するのは、アカデミー賞の95回の歴史で初めての快挙だ。

第95回アカデミー賞で最多7冠を獲得した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
第95回アカデミー賞で最多7冠を獲得した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』Michael Yada / [c]A.M.P.A.S.

『エブエブ』の監督を務めたダニエルズことダニエル・クワンダニエル・シャイナートは、作品賞、監督賞、脚本賞の“ハットトリック”を達成。これは『パラサイト 半地下の家族』(19)のポン・ジュノ以来で、ダニエル・クワンはアジア系で4人目の監督賞受賞となった。また、『エブエブ』プロデューサーのジョナサン・ワン、ダニエル・クワン(作品賞、監督賞、脚本賞)、ミシェル・ヨー(主演女優賞)、キー・ホイ・クァン(助演男優賞)のほか、短編ドキュメンタリー賞のカルティキ・ゴンサルヴェス監督(『エレファント・ウィスパラー:聖なる象との絆』)、歌曲賞のM.M.キーラヴァーニとチャンドラボーズ(「Natuu Natuu(ナートゥ・ナートゥ)」、『RRR』より)と、例年に比べてアジアにルーツを持つクリエイターの受賞が増えた。演技賞を2人のアジア系俳優が受賞するのも、ノミネーションに4名が入ったことも、アカデミー賞の歴史上初めてのことだった。

歌曲賞を受賞した「Natuu Natuu(ナートゥ・ナートゥ)の作曲、作詞を担当したM.M.キーラヴァーニとチャンドラボース
歌曲賞を受賞した「Natuu Natuu(ナートゥ・ナートゥ)の作曲、作詞を担当したM.M.キーラヴァーニとチャンドラボースMichael Yada / [c]A.M.P.A.S.

大役を見事果たした司会、ジミー・キンメル

司会を務めたジミー・キンメルは、2016年、17年に続いて3度目。2017年の第89回は、作品賞受賞作の封筒を取り違え発表するという世紀の大失態があった年。キンメルが機転を効かし、混乱するステージをなんとか収めた手腕が買われての再登板ではないかと言われている。昨年までの授賞式は下がり続ける視聴率を危惧し、音楽ゲストを増やし、際どいジョークで視聴者を惹きつけるコメディアンたちを起用。それらの策は裏目に出るばかりで、昨年のような前代未聞の放送事故が起きてしまった。

司会を務めたジミー・キンメル。軽快なトークでスムーズに授賞式を進行した
司会を務めたジミー・キンメル。軽快なトークでスムーズに授賞式を進行したBlaine Ohigashi / [c]A.M.P.A.S.

今年は、作品賞候補作で2022年随一の大ヒット作『トップガン マーヴェリック』(公開中)の映像からハリウッドのドルビーシアターにパラシュートで降り立つというオープニングで始まり、トークでも昨年の事件を引き合いに出して笑いに転化した。「暴力沙汰を起こすと昨年同様に主演男優賞を授与、19分間のスピーチ時間が与えられます。僕を守るチームがいます。アドニス・クリード(マイケル・B・ジョーダン)、ミシェル・ヨー、マンダロリアン(ペドロ・パスカル)、スパイダーマン(アンドリュー・ガーフィールド)、フェイブルマン(スティーヴン・スピルバーグ)が!」とうまくジョークに落とし込んだ。名前が挙がるたびにチーム・キンメルのリアクションがカメラに収められたように、“すべては管理下にある”ことを強調。全23部門を生放送で発表すること、主演女優賞候補から『Till』のダニエル・デッドワイラーと『The Woman King』のヴィオラ・デイヴィスが落ちてしまった件、「映画館へ行こう」と観客を促し続けたにもかかわらず授賞式欠席のトム・クルーズとジェームズ・キャメロンの不義理もジョークで切り抜けた。


『トップガン マーヴェリック』にあやかりパラシュートで登場したジミー・キンメル
『トップガン マーヴェリック』にあやかりパラシュートで登場したジミー・キンメルBlaine Ohigashi / [c]A.M.P.A.S.

舞台転換の際に客席のマララ・ユスフザイをいじりムッとされながらも、予定調和で進む授賞式はテレビ番組として物足りなかったかもしれない。だがアメリカの視聴者はこれを評価し、昨年から13%アップの1880万人の視聴者数を記録。18歳から49歳の視聴者数は5%アップし、3年ぶりに数値を上げた。放送局が権利を手放しYouTubeで配信されたSAG賞やインディペンデント・スピリット賞とは異なり、アカデミー賞の放送権は守られたと言えるだろう。


第95回アカデミー賞特集

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