『THE FIRST SLAM DUNK』井上雄彦監督と試行錯誤した演出家が明かす、山王戦の没入感「桜木らしく見せるのもテーマ」|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
『THE FIRST SLAM DUNK』井上雄彦監督と試行錯誤した演出家が明かす、山王戦の没入感「桜木らしく見せるのもテーマ」

インタビュー

『THE FIRST SLAM DUNK』井上雄彦監督と試行錯誤した演出家が明かす、山王戦の没入感「桜木らしく見せるのもテーマ」

国内興収120億円&国内動員数900万人を突破し、日本アカデミー賞では最優秀アニメーション作品賞を受賞した『THE FIRST SLAM DUNK』(公開中)。その人気は日本だけではなくアジア各国に広がり、韓国では日本映画として歴代1位の観客動員数を記録。4月20日からは中国での公開もスタートし、前売りだけで興行収入1.156億元(約22.6億円)を突破するなど、その勢いはとどまる所を知らない。

原作者である井上雄彦自らが脚本と監督を手掛け、まるで実際の試合を観戦したかのような映像体験ができることが大きな魅力の一つといえるだろう。そして作品づくりにおいて井上監督を支えたのが、アニメーションとしての新たな表現に挑んだ「演出」陣たちの力だ。アニメーション監督未経験の井上監督が思い描くビジョンを、具体的にどのように描きだしていったのか。「演出」の中心的役割を担った、東映アニメーション宮原直樹に制作の裏側について聞いた。

「プリキュア」シリーズのCGディレクターや『ポッピンQ』(16)の監督も務めている宮原直樹
「プリキュア」シリーズのCGディレクターや『ポッピンQ』(16)の監督も務めている宮原直樹

「井上監督とは、かなり濃いやり取りしました」

アニメーション作品における「演出」というポジションは、監督が目指す映像的なイメージを理解&共有し、それを実現するためにキャラクターの表情や仕草から背景やエフェクトなどにいたるまで、制作スタッフに意図をしっかり伝えて具体的な映像に落とし込むという役割を担う。そして本作の「演出」は宮原を含めて6人。シチュエーションやパートごとに作業を分担し、それぞれが責任者となって井上監督とやり取りをしながら作業を続けていったという。

【写真を見る】日本のみならず、韓国や中国でも大ヒット!井上雄彦監督のビジョンを実現した特異な制作方法とは?
【写真を見る】日本のみならず、韓国や中国でも大ヒット!井上雄彦監督のビジョンを実現した特異な制作方法とは?[c]I.T.PLANNING,INC. [c]2022 THE FIRST SLAM DUNK Film Partners


井上監督にとって初めての映画制作で、いわゆる「セオリー」に沿わない自由な発想で要望が出てきたため、演出陣が実際にどのように映像に落とし込んでいくかという試行錯誤が繰り返されたようだ。「井上監督とは、かなり密度が濃い形でやり取りをさせてもらいました。そういう意味では、いままで自分が関わったアニメーション作品にはないくらい、原作者の方としっかりしたやり取りをさせてもらったと思います。打ち合わせを重ねるなかで、井上監督からいろんな要望が出てくるんですが、表現が難しい部分も監督が求めるものに近づけるベストな方法を相談しつつ進めました。そして、監督はそれらの提案のなかから、なにを選択するかという判断がすごく的確でしたね」。

こうした話を聞くと、井上監督の求める高いオーダーに応えることの大変さがあったように感じるが、スタッフにとってそこは苦労をしたポイントではないという。「映像制作をするにあたってなにが大変かといえば、監督の求めることがわからずに仕事をすることなんです。今回、求めるクオリティは高くても、井上監督のビジョンはしっかりしていて、印象だけでなく常に『こうしたい』という言葉があり、それに伴う絵も提示してくれました。すごく的確で、絵という形で具体的で魅力のあるイメージを提示されるので、『こっちの方向に行きたいんだ』ということを、みんなで理解することができました」。

通常のアニメーション作品では、最終的に監督がカットの仕上がりのチェックをするが、シーンやカットごとの描き方は、演出や原画などの各パートの担当に任されており、それを作画監督がチェックして仕上がりに向けて調整されていく。しかし本作では、絵に統一感を持たせる作画監督的な作業も井上監督が担当している。「原作者のアニメーションへの関わり方はさまざまですが、井上監督には作画関係にも、『こんなに描くんだったらやらなきゃよかった』とインタビューで話されているくらいには手を掛けてもらっています(笑)。この点は申し訳ないなと思っていたんですが、それくらいやることで、はじめてこのレベルまで到達できたのは確かです。そういう意味では、ありがたいですし、井上監督には感謝しかないです」。

「これだけの密度で試合を描くことは、映画として初めてじゃないかと思います」

知られざる宮城リョータの幼少期も明かされる『THE FIRST SLAM DUNK』
知られざる宮城リョータの幼少期も明かされる『THE FIRST SLAM DUNK』[c]I.T.PLANNING,INC. [c]2022 THE FIRST SLAM DUNK Film Partners

本作の特殊な点は、こうした部分だけではない。アニメーションの設計図ともいえる絵コンテが用意されず、井上監督がイメージしていることを基にして制作されている。「基本的には、原作のクライマックスである山王戦をメインに、宮城の過去を絡めて描いていくという方向性でやらせてもらっています。最初に宮城の過去パートのネームを、監督からメモのような形でいただいたので、過去パートの話を細部まで固める作業をしていました。一方で、その内容がまとまる前に、山王戦の試合が映像として成立するようなデータを作り、それを再現する形でバスケットボール選手の方にモーションキャプチャーの撮影をさせてもらうという手順で作業をしています。もちろん、監督にはキャプチャーの現場にも入っていただいて、試合を再現する際には、キャラクターのイメージ通りにモーションが収録できているかをチェックしていただき、そこでOKが出たものをデータとして採用しています。さらにアニメのカットになった時にも当然チェックしてもらっています」。

本編の構成を1試合に注力し、細部まで徹底して作り込むという、これまでの作品にはない試みが、本作ではこだわりだったと宮原は語る。「こんなにまるごと試合を描く作品は、当然ながらかつて経験していないですし、映画としてこれだけの密度でやったのは初めてじゃないかと思います。バスケットボールの試合が成立する要素に関して、制作に膨大な時間がかかるにしても、惜しまずにしっかり見せていこうという想いは最初からありました」。

一方で、バスケットボールの試合をしっかりと見せるという方向性と合わせて、CGと井上監督が描く“絵”の融合という部分でも試行錯誤が続けられた。「いわゆる画面のルックをどのような仕上がりにするかという部分に関しては、最後まで調整をしていました。CGだけ見ていると成立しているけど、作画の部分と併せた時にちょっと印象が違って見えて、そこから作画の方も質感を変えつつCGも調整するなど、試行錯誤はギリギリまでやっていました。また、進捗がわかるデータベースを使用したことで、いい出来のカットがあったら、それを現場のみんなにすぐに共有することができるという点があります。そのカットを共有すれば、『なるほど、このクオリティまで持っていけばOKになるのか』というイメージを横並びで理解することができて、映像としてのギャップを抑えられた。こうした作業は、多分、10年早かったらできなかったでしょうね」。

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