【ネタバレあり】40年以上にわたる“宮崎駿ワールド”を追体験!『君たちはどう生きるか』に込められた名作たちからのレガシーを探る
誰かのためではなく、宮崎自身のために作られた映画
このように過去の宮崎作品を思わせる場面、美術設計、キャラクターが今回の映画では、様々なアレンジを施されながら一つの世界観のなかで融合されている。言ってみれば観客は、40年以上にわたる“宮崎駿ワールド”を眞人と一緒に追体験していく感じがあって、そういう意味では集大成という見方もできる。
しかしそれで終わらないのが宮崎監督。スタジオジブリのプロデューサー、鈴木敏夫は「宮さん(宮崎駿)は、一人の観客のために映画を作っている」とかつて言っていたが、それは知人の10歳の女の子に向けて作った『千と千尋の神隠し』(01)までだと思えてならない。それ以降は、少女から老婆まで姿を変えるヒロイン、ソフィーが登場する『ハウルの動く城』(04)にしても、5歳の少年、宗介が「ひまわりの家」に暮らす老婆たちと心を通わす『崖の上のポニョ』にしても、あるいは夢の飛行機を作ることを志す二郎を主人公にした『風立ちぬ』にしても、自らの年齢を自覚した宮崎監督が、自分に向けて作った映画のように思えるのだ。
母親への胎内回帰と問われる“どう生きるか”
そして今回、眞人少年は別世界で少女の姿で生きている母親ヒサコと、新たな命を宿したナツコという、2人の母親と向き合うことになる。これは『風立ちぬ』で自分の少年の日の夢にまで戻った宮崎監督が、今度はさらに母親への胎内回帰を果たした作品とも見ることができる。
ここでポイントになるのが、映画のタイトルにもなった吉野源三郎の小説「君たちはどう生きるか」。劇中、この小説の中身は詳しく語られず、眞人少年は亡きヒサコが彼に送る本として、この小説と出会う。重要なのは、母親が「君たちはどう生きるか」というタイトルの本を眞人に遺したことで、彼はそこから別世界での旅を通して、自分は“どう生きるか”を見つめていくのである。
過去の母親ヒサコと現在の母親ナツコ。2人の母親がいる別世界での旅を通して、眞人がどんな生きる選択をしたのか。そこに監督は未来を託している。だからこそ、この映画は宮崎映画のお約束である、エンディングの「おわり」の3文字はない。
宮崎監督の人間力に集まった一流のスタッフたち
また、声の出演者、スタッフの顔ぶれもすごい。眞人役の山時聡真をはじめ、菅田将暉、柴咲コウ、あいみょん、木村佳乃、火野正平、滝沢カレンといった新たな人々のほかに、木村拓哉、風吹ジュン、大竹しのぶ、小林薫、竹下景子、國村隼など、これまでスタジオジブリ作品を彩ってきた人々が声の出演者として参加。それだけでなく作画監督はスタジオカラーから借り受けた本田雄だが、原画には現在スタジオポノックの米林宏昌や、高坂希太郎がいる。美術監督は武重洋二で吉田昇の名前も見える。
一度ジブリから出て戻ってきた石井朋彦もプロデューサー補で就いているなど、ジブリの歴代スタッフがこの一作に集結。その名前を観ているだけで少し感動してしまったが、一人のアニメーション監督がこれだけの人材を集めてしまう、その人間力。そこにまた、宮崎駿監督の凄さがあるのだ。
文/金澤誠
※宮崎駿の「崎」は正式には「たつさき」