GENERATIONSを震え上がらせたホラークイーン“さな”が編集部に出現…呪いをかわす方法は?
「私の夢は、自分の歌を、みんなに届けて、みんなを私の世界に惹き込むことです」。『ミンナのウタ』の劇中、さなの学級文集にはそう綴られていた。それがなにを意味しているのかは、映画を観てのお楽しみとして黙っておこう。けれども、いまこうして編集部に現れたさなをどうするべきか…。このままおとなしくしていたら、きっとGENERATIONSのメンバーと同じようにさなの“世界”へと連れて行かれてしまう。
音も立てずにこちらに近付いてくるさな。私の手のひらは、汗でぐっしょり濡れている。
映画のなかでさなは、生き物たちの“魂の音”を集めていた。だとすると、目の前にいるさなは私の“魂の音”を録りにやってきたにちがいない。これはまずい…。
焦りのなかで、別の生き物の“魂の音”を与えてみたらどうか?と思いついた。ちょうど近くには大きな公園があり、無数の生き物たちが蠢いているはずだ。それに季節は夏。ひときわ“魂の音”を発している生き物がいるではないか!
「一緒に“魂の音”を探しに行こう」という提案を、さなは思いのほかあっさり承諾してくれた(ように見えた)。私の背後に取り憑くようにして外に出たさな。ほかの人に彼女が見えているのかはわからないが、見えていたとしたらかなり異様な光景だっただろう。
公園に到着すると、真夏日とあって人の気配はまばら。木陰のベンチで休んでいる人や、ボールを投げて遊んでいる若者たちはいても、霊を伴っている人はもちろん誰もいない。
林のなかに入ると、近くを走る道路の喧騒をかき消すほど賑やかに、ミンミンゼミたちの声が四方八方から響いている。不安定な足取りのままセミの声がする木へと近付いていった彼女は、幹のいたるところに残っていたセミの抜け殻をブローチのように胸元へ装着した。
ある木の前でさなの足が止まる。そこには少しだけ覇気がない、そろそろ七日目を迎えそうなセミがいた。そう、この時期のセミならば自ずと“魂の音”を発するはずだ。
さなはどこからか年季の入ったカセットレコーダーを取り出した。カセットテープ世代ではない私にとって、それはぼんやりとした記憶のなかに登場する代物だった。
カチッと「録音」のスイッチを入れ、本体を木の幹に這わせるようにして内蔵マイクを頭上のセミへと向けるさな。その手慣れた様子から、彼女が30年前の中学生だったことを思い出した。
「ボト」セミが落ちる音が聞こえると、さなは伸ばした手を引っ込め、「巻戻し」のスイッチを少しの間だけ押した。「再生」ボタンを押し、スピーカーに耳を当てる。少し離れた場所から見ている私の元にも、ノイズなのかセミの声なのかわからない音がかすかに聞こえてきた。
「よかった。きっとこれで満足してくれることだろう」ほっと胸を撫で下ろしたものの、さなの表情は曇ったままだ。それもそのはず、蝉時雨のなかではノイズ交じりで納得のいく“魂の音”が録れていないのでは…。これはまずい。なにかほかにいいものはないだろうか…。
私のデニムのポケットにあったスマートフォンをさなに渡してみた。現在のようなスマートフォンが発売されたのは2007年。30年前に中学生だったさなにとってはガラケーでさえ珍しいはずだ。
手のひら2つ分ほどの大きさの物体を前に、まさかそれが録音機器だとは思っておらず訝しげな表情を見せるさな。恐る恐るこちらでボイスレコーダーのアプリを起動し、録音ボタンを押した状態で手渡すと、先ほどと同じようにセミに向かってそれを向けた。
「ボト」セミが落ちた。
「これなら大丈夫だろう…」と「再生」ボタンを押してあげて、録音したばかりの音をさなに聞かせる。正しい持ち方を知らないさなは、さながら「デスノート」のLのような特徴的な持ち方でスマートフォンを耳に近づける。だが、やはり表情は曇っている。たしかにカセットレコーダーよりはクリアに録音できていたが、セミの声は聞き取りづらいままだ。これはまずい。
もっと集音性の高い録音機材は…ひっくり返したカバンの中から出てきたのは、さっきまでの取材で使っていたICレコーダーだ。これはいける!
手のひらに収まるサイズだけど、集音性に優れたICレコーダー。これならさなが納得する“魂の音”が録音できるにちがいない。スマートフォンと同じようにさなの時代にはなかったものかもしれないが、本体に「録音」「停止」「再生」と律儀に書かれているおかげでこちらがレクチャーしなくても察してくれた。カセットレコーダーと同じSONY製なのがよかったのかもしれない。ありがとう、世界のSONY。
「三度目の正直…」と祈るように、さなが木に向かう様子を見ていた私は、そこでようやくある重要なことに気が付いた。そもそも、さなの身長ではセミがいる位置に全然届いていない。木にしがみつきながら、思いっきり背伸びをしているではないか。これはまずい。
「ボト」とまたセミが落ちたが、案の定、さなはICレコーダーで録音した音にも納得がいっていない様子だった。二度ある事は三度あるというやつだ。それどころか、視線に殺意が混じっているようにも見える。もう逃げ場はない。上の方にいるセミに近付くためには…。
「大変申し訳ございませんが、こちらで少々お待ちいただけますでしょうか」。思わず後ずさりながら語りかけ、人生最高のスピードで走って編集部へと戻った。