『君たちはどう生きるか』 制作陣が伝えるドルビーシネマでの表現「あくまで技術の選択肢」

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『君たちはどう生きるか』 制作陣が伝えるドルビーシネマでの表現「あくまで技術の選択肢」

スタジオジブリ最新作『君たちはどう生きるか』(公開中)の特別取材会が8月22日、Dolby Japan本社にて開催され、スタジオジブリの奥井敦、古城環が参加。Dolby技術を取り入れた本作の上映をどのように感じているのか、奥井は撮影監督として、古城はポストプロダクション担当としての思いを語った。

【写真を見る】ドルビーシネマ版で観る『君たちはどう生きるか』の見どころ
【写真を見る】ドルビーシネマ版で観る『君たちはどう生きるか』の見どころ[c]2023 Studio Ghibli

『紅の豚』(92)、『海がきこえる』(93)の撮影監督としてスタジオジブリ作品に参加し、『平成狸合戦ぽんぽこ』(94)以降、撮影監督、映像演出としてすべてのスタジオジブリ作品に参加している奥井。ドルビーシネマを取り入れるきかっけを訊かれると、「北米でドルビーシネマをやっているらしい」と聞きつけ、2014年頃にデモンストレーションを観に行ったと振り返る。「“黒”の締まり方に衝撃を受けた」という奥井は、2018年にテレビ視聴ではあったが、ドルビーシネマでの表現ではこうなるというのを宮崎に見せた際に「非常にいい」というリアクションが返ってきたため、次の長編作品ではぜひ取り入れたいと思い立ったと説明した。ちょうど、宮崎駿が企画し、宮崎吾朗が監督を務めた『アーヤと魔女』(20)制作のタイミングだったという。

スタジオジブリ最新作『君たちはどう生きるか』、撮影監督を務めた奥井敦
スタジオジブリ最新作『君たちはどう生きるか』、撮影監督を務めた奥井敦

『千と千尋の神隠し』(00)よりポストプロダクション班へ異動。編集作業から、音響作業までの制作管理を担当し『借りぐらしのアリエッティ』(10)で制作デスク、『コクリコ坂から』(11)から『思い出のマーニー』(14)では制作全般から音響作業までを担当し、本作ではポストプロダクションを担当する古城は、ドルビーシネマで観る魅力について「いままで横からしかこなかった音が、上からも来る。シンプルに言えば臨場感。その場にいるという感覚を受けやすい視聴環境になっていると思います」と話し、本作のテーマが「引き算」であったとことに触れ、「近年、ジブリ作品には足し算の作品が少ない。今回も引き算で辛抱したところがあるので、もっと派手な映画を作りたいです。チャレンジしたいです」と笑顔を浮かべ、ドルビーシネマだからこその臨場感を分かりやすく、存分に体感できるような作品制作への意欲を語った。

『君たちはどう生きるか』でポストプロダクションを担当した古城環
『君たちはどう生きるか』でポストプロダクションを担当した古城環

ドルビーシネマで観ることが、観客の感動体験にどのように作用するのかという質問に古城は「製作者側の『こういう状態で観て欲しい』という思いを表現する最高峰の技術でありツールです」とコメント。結果、より物語が沁みてくるような力を持っていると「我々は信じながら技術、ツールを使うしかないんです」と補足。完成までには試行錯誤があったとし、「監督から指示されたことを形にするなかで、使える技術を使ったうえで、監督の思ったものに近づける。それを観てもらって感動という結果に繋がっているのかな」と自身の見解を言葉にした。ドルビー技術については「(作品が)最良になるための選択です」と話した。


『君たちはどう生きるか』場面カット
『君たちはどう生きるか』場面カット[c]2023 Studio Ghibli

「監督からの指示」とはどのようなものなのかと問われると「打ち合わせ少なく、監督からのリクエストは非常に少ないんです」と話した古城は「基本的には、コンテに描いてあるものから読み解く日々です」とニヤリ。読み解きに苦労したのは「ドアノブの音だけが無音になると書いてあったところ」とピックアップし、「なぜ、無音なんだ、というところから始まり、読み解いて、いまの形になっています。そういうのが多々ある作品です」と制作裏話を披露。絵コンテには擬音がたくさん書き込んであるそうで、それを注意書きのように捉え「みんなでどうしようと悩みながら、作っていきます」と解説。

これに対し奥井は「30年一緒にやっているので、どうしてほしいのかはなんとなく分かります」と宮崎監督の“やりたいこと”に触れ、「自分なりに考え、仕上げたものを見せるしかないんです」と長年一緒にやってきたからこそのやりとりを明かす。「口で説明するのはすごく難しいし、指示通りにやればいいという訳でもありません。膨らませて画面を仕上げるということをやればいいと思っています」と話し、「見せたものが100パーセントOKになる訳じゃないし、ときにはリクエストが来ることもあります。でも、宮崎監督がどういうものを望んでいるのかは分かっている感じです」と、説明した。

『君たちはどう生きるか』場面カット
『君たちはどう生きるか』場面カット[c]2023 Studio Ghibli

さらに奥井は、ドルビーシネマでの映像のアピールポイントとしては「明るいシーンで絵をしっかり見せること」とし、「フィルムでの撮影では、どれだけ明るくしてもハイライトの“階調”が残っていました。しかし、デジタルになって光が光らなくなってしまったことで、ある階調になると情報量が少なくなります。明るくしようとすると、白く飛ばすしかなくて、表現が狭まったように感じていました」と語る。ドルビーシネマなら、明るいシーンでも絵をしっかりと見せ、暗いシーンでは真っ黒に潰れてしまうことがありません。なにが描かれているのかがしっかりと分かります」と話し、本作でそれが確認できるシーンとして、冒頭の夜のシーンを挙げていた。

「もし過去の作品の制作中に、ドルビーシネマという選択肢があったら?」という質問に奥井は「個人的にはすべて作り直したいです」と話し、古城は「『千と千尋の神隠し』はドルビーアトモス版が観たいです!」と答えるも、実際に作り直すかどうかについては「実際にやるかやらないかは、別の話です」と補足していた。

『君たちはどう生きるか』場面カット
『君たちはどう生きるか』場面カット[c]2023 Studio Ghibli

これからのクリエイターに向け、ドルビーシネマを使うことについての助言を求められると「アドバイスできるほどの経験はないですが、映像チェックにはモニター環境が必要です。それなりの投資になるので、ハードルが下がるようにしてほしいです」とDolby Japanにお願いする場面も。古城は「技術はツール。ツールを使いたいがために演出からかけ離れないようにしてほしいです」と話し、監督の演出の趣向に合わせて「使わないことを選択する引き算も必要です。自制心を保つことが大事です」と呼びかけていた。

取材・文/タナカシノブ

※宮崎駿の「崎」は「たつさき」が正式表記

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