『こんにちは、母さん』とロケ地“墨田区”との親和性。山田洋次監督ならではの視点で切り取った、下町の魅力と歴史

コラム

『こんにちは、母さん』とロケ地“墨田区”との親和性。山田洋次監督ならではの視点で切り取った、下町の魅力と歴史

キラキラと輝いているだけじゃない都市のリアルも映す白鬚橋高架下エリア

ゴミ収集で日銭を稼ぐホームレスのイノさんが、空き缶がぎっしり詰まった大量の袋を自転車につけて歩くシーンは、白鬚神社の周辺で撮影された。白鬚神社に祀られている白鬚大明神は、方災除け、厄除け、商売繁盛で知られる神様。白い鬚のご老体の姿だったことから、隅田川七福神のなかでなかなか適任が見つからなかった寿老人にぴったりだということになり、いまでは白い鬚の長寿の神様、七福神の寿老人としても親しまれている。

原作では、福江は外国人留学生の支援をおこなっているという設定だったが、山田監督がシナリオハンティングを通して、ホームレスの方たちとも触れ合ったことから、本作ではホームレス支援をするボランティア活動に代わっている。夜、福江と荻生牧師が外で寝ているイノさんに声をかけるシーンや、ボランティアによる炊き出しで、豚汁などを配るシーンのロケ地は白鬚橋高架下。衣服のバザーや健康相談所などを設置し、大勢のエキストラが参加した。

福江のボランティア仲間、琴子(YOU)や百恵が、夜間にホームレスの人たちにお弁当を配って回るシーンは、隅田川テラスの白鬚橋下で撮影。優雅な曲線を描く美しい白鬚橋のたもとには、かなりの数のホームレスのブルーテントが延々と並んでいる。東京スカイツリーや各橋のライトアップ、屋形船のナイトクルーズの明かりが輝くそばで、必死に生きるホームレスの人々。都市の光と影が共存するリアルなシーンである。

ホームレスとして暮らす人たちの境遇も映しだし、光と影が共存するリアルな街の風景を描いている
ホームレスとして暮らす人たちの境遇も映しだし、光と影が共存するリアルな街の風景を描いている[c]2023「こんにちは、母さん」製作委員会

何度も復興してきた日本、新たな人生を歩むことになった昭夫たちを応援する隅田川花火大会

本作のラストシーンを彩るのは、夏の風物詩として全国的に有名な隅田川花火大会。失恋した福江と、職を失ったうえ離婚した昭夫が親子で語り合ったあと、家の小さな庭の物干し場から一緒に花火を眺める。劇中には隅田川花火大会のポスターも貼られ、舞がデートで花火を楽しんでいるシーンも映しだされる。


隅田川花火大会は、約2万発の花火が打ち上げられる大規模な大会だが、コロナ禍には実施中止となり、2023年7月の開催は実に4年ぶりとなった。夜空に広がる色とりどりの鮮やかな花火は、戦争や数々の災害を乗り越えてきた日本の復興の象徴であり、それぞれに悲しい出来事を経ながら、再び一緒に暮らすことになった昭夫、福江、舞のこれからの人生を応援しているようにも感じられる。

このほか、本作には、荒川区の汐入公園や成城学園の居酒屋、世田谷区奥沢のレトロ銭湯「松の湯」、昭夫の職場として大手町の商業ビル群などのロケ地も登場する。街並みや社会環境が大きく変化する一方で、東京の街のあちこちには古い時代の名残があり、いまも変わらぬ家族、親子の姿がある。ロケ地となった場所にも思いを馳せながら、60年以上にわたって映画を撮り続けてきた山田洋次監督ならではの視点を感じ取ってほしい。

文/石塚圭子


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