今後のアワードシーズン、映画界を賑わす作品は?『君たちはどう生きるか』など日本作品も多数出品した第48回トロント国際映画祭を振り返る
観客賞受賞の『American Fiction』は、「マスター・オブ・ゼロ」「ウォッチメン」「ステーション・イレブン」などの製作・脚本を手掛けてきたコード・ジェファーソンの初監督作品。皮肉を効かせた社会風刺劇は昨年のマーク・マイロッド監督の『ザ・メニュー』に通じるものがあり、ドラマシリーズと映画の境界線がなくなってきている。かつて“オスカー前哨戦”と称されたトロント映画祭だが、ここ数年はトロント観客賞とアカデミー賞作品賞にズレが生じ始めている。最後に作品賞受賞したのは2020年の『ノマドランド』で、昨年の観客賞受賞作『フェイブルマンズ』は作品賞ほか7部門にノミネートされたが、無冠に終わっている。
また、秋の映画祭シーズンの皮切りとなるヴェネチア国際映画祭とトロント国際映画祭の狭間に、コロラド州の高山リゾートで行われるテルライド映画祭の存在感が年々増している。少数精鋭のサロン的な映画祭で、プレスやインダストリー(映画業界関係者)を含まず、親密な雰囲気が映画監督たちに人気となっている。カンヌやヴェネチアで上映したのちにテルライドで北米プレミアを行う作品が多く、今年は『哀れなるものたち』(2024年1月26日公開)や『PERFECT DAYS』の上映、エメラルド・フェネル監督『Saltburn』、アンドリュー・ヘイ監督『異人たち』(2024年春公開)、マイク・ニコルズ監督『The Bikeriders』などはテルライド映画祭をワールドプレミアに選んでいる。
今年のトロント映画祭のラインナップは、脚本家組合と俳優組合のWストに影響され、北米スタジオの作品が少なく、その代わりに俳優が監督を務めた作品が多く選出されていた。「ピッチ・パーフェクト」シリーズのアナ・ケンドリックが監督・主演を務める『Woman of the Hour』はNetflixが配給権を獲得したが、マイケル・キートンの『クリミナル・サイト~運命の暗殺者~』(08)に次ぐ監督第2作『Knox Goes Away』、クリス・パインの初監督作『Pool Man』、クリスティン・スコット・トーマスが主演・監督し、スカーレット・ヨハンソンが出演する『North Star』、イーサン・ホークが娘のマヤ・ホークを迎えて監督した『Wildcat』、ヴィゴ・モーテンセンの監督第二作『The Dead Don’t Hurt』などは、現時点では映画祭以外で上映する予定が立っていない。このように俳優が監督した作品が増えた理由は俳優組合ストライキの影響ではなく、「パンデミックの最中に急に時間ができた俳優たちが自主的に動いた結果」と、トロント映画祭のCEO / プログラマーのキャメロン・ベイリー氏は語っていた。
だが、俳優組合と映画プロモーションにおける暫定合意を結んだヴィゴ・モーテンセンとイーサン・ホーク以外はワールドプレミアの場に公式に登場することはなく、ストライキの影響を余計に実感する結果となった。これらの作品はスタジオやストリーミング各社などが構成するAMPTP(映画製作者協会)が関わる作品ではないので、俳優組合と暫定合意を締結すればプロモーションすることはできる。暫定合意認定を待つ作品も多く、俳優監督たちはせっかくの晴れ舞台に参加できない状況が起きてしまった。
ニコラス・ケイジ主演の『Dream Scenario』など、暫定合意を結んだ一部の作品以外はスターの来場もなかったが、映画上映チケットは完売状態で、満席の上映が多かった。映画を観る目の肥えたトロントの観客にとっては大きな問題ではなかったようだ。観客賞を受賞した3作品以外にも、パンデミック中に勃発したミーム株事件の裏側を描く『Dumb Money』、米領サモアの世界最弱サッカー代表チームの奮闘を描くタイカ・ワイティティ監督最新作『ネクスト・ゴール・ウィンズ』(2024年2月23日公開)、イ・ビョンホンとパク・ソジュンが地震で崩壊した団地で生き残りを懸ける『コンクリート・ユートピア』(2024年1月5日公開)、『レ・ミゼラブル』(19)のラジ・リ監督による続編『Les Indésirables』、Netflixが北米ほかの配信権を獲得したリチャード・リンクレイター監督の『Hitman』など、今後の映画界を賑わしそうな作品が多く揃った今年のトロント国際映画際だった。
取材・文/平井伊都子