「映画を愛することで、すべてが吹き飛んでいく」巨匠チャン・イーモウが語る、映画づくりの作法と高倉健との思い出
現在開催中の第36回東京国際映画祭で25日、「国際交流基金×東京国際映画祭 co-present 交流ラウンジ」が開催。本映画祭で今年の特別功労賞を受賞し、「ガラ・セレクション」部門に最新作『満江紅(マンジャンホン)』が出品されている中国映画界の巨匠チャン・イーモウ監督の「マスタークラス」と題したトークショーが行われ、会場にはその姿を一目見ようと数多くの人であふれかえっていた。
今年で4年目の開催を迎えた「国際交流基金×東京国際映画祭 co-present 交流ラウンジ」は、是枝裕和監督を中心とした検討会議メンバーの企画のもと、東京に集った映画人たちが語り合うトークセッション。「マスタークラス」では国際的に活躍する映画人が単独で登壇し、司会や来場者からの質問に答えながら最新作や自身の作家性についてなどを深掘りする。本稿では、チャン・イーモウ監督のトークの内容を再構成してフルボリュームでお届けしていきたい。
1980年代前半に頭角をあらわした“中国第五世代”のひとりであるチャン・イーモウ監督は、撮影監督を経て『紅いコーリャン』(87)で監督デビュー作ながら第38回ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞。その後も『菊豆』(91)や『初恋のきた道』(99)など多くの作品で国際的な評価を獲得し、2008年には北京オリンピックの開会式・閉会式の総監督を務め上げた。近年はコンスタントに新作を発表し、マット・デイモン主演の『グレートウォール』(16)のようなアクション大作から文化大革命の時代を描いた『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』(20)などのヒューマンドラマまで、多岐にわたるジャンルでその才を発揮している。
第2回東京国際映画祭で最優秀男優賞を受賞。TIFFとの思い出を振り返る
「36年前、私が主演を務めたウー・ティエンミン監督の『古井戸』が東京国際映画祭に出品されました。その時、私は自分の初監督作品である『紅いコーリャン』を撮影していましたので東京には行けなかったのですが、中国北西部のゴビ砂漠で撮影をしていた夜、ラインプロデューサーの人が砂漠を走ってきて『おめでとうございます!』と言ったのをよく覚えています。すると現場にいた俳優たちは、『監督が俳優として賞を受賞するんだったら、僕らは必要ないですよね』とへそを曲げて撮影を拒否しはじめたんです。そういった意味で、東京国際映画祭にはとても印象深い思い出があります(笑)。人生で最初の主演男優賞ですし、今後もおそらく獲ることはないでしょう」
いま改めて語る、日本を代表する名優、高倉健との『単騎、千里を走る。』
「私は映画監督という職業に就く前、本当に寡黙な人間でした。しかし中国で映画を作るためには多くの人と関わりを持たなくてはなりません。どう表現していくのか、演出の上で細かく指示もしなければいけない。何十年も監督をしていて、つくづく自分は話がくどいなと思ってしまうほどです。かつて高倉健さんと『単騎、千里を走る。』という映画でご一緒しました。高倉さんは本当に寡黙な人で、現場ではほとんどお話をされない。ですので、撮影中に私ばかり無駄話をしてしまって、家に帰るたびに自己嫌悪に陥っていました。
高倉さんと撮ったその作品は、私のキャリアのなかで唯一立ったまま撮り続けた映画として思い出深い作品です。高倉さんは当時すでに70歳を超えていたと思いますが、出番がない時でも立ったままほかの方の芝居を見ていらっしゃって、休憩室にも行かなければ座りもしない。通訳の人に『どうして座らないのですか?』と訊ねたら『彼はそういう人なんです』と返ってきました。真剣に自分の映画がどういうものなのか、彼は敬意を持って仕事をしている方なのだと説明を受けました。
世界中の映画監督たちは、皆さんディレクターズチェアに座って映画を撮るものです。その時私は1つの名案を思い付きました。まず現場にある椅子という椅子をすべて撤去してしまおう。そして高いテーブルを作って、座ってもくつろげないようにしてしまおう。そんななかで監督も役者もスタッフも全員立ったまま映画を撮影したわけです」