正解でも不正解でもない“アクション”の連鎖が物語を動かす。三宅唱監督『夜明けのすべて』を貫く映画の原理【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

インタビュー

正解でも不正解でもない“アクション”の連鎖が物語を動かす。三宅唱監督『夜明けのすべて』を貫く映画の原理【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

「そもそも、自分の人生に関して計画性がないタイプの人間でして」(三宅)

――三宅監督の名前が広く知られるきっかけになった作品としては、『ケイコ 目を澄ませて』以前の作品では『きみの鳥はうたえる』があったわけですけど。あの作品の時点で、もう現在の日本映画界で何本の指に入るというか、本当に、5本よりも少ないぐらいのポジションにつけていて――。

三宅「ほかの方の名前も挙げてもらえますか?(笑)」

――いや、挙げてもいいんですけど(苦笑)。それで、「『きみの鳥はうたえる』の次回作だ!」って意気込んで『ワイルドツアー』の試写に行ったら…。

三宅「ええ、最初の試写に来てくださいましたね」

――はい(笑)。あの時もまた、制作期間が重なっていたこととかもあると思うんですけど、作品の制作規模というか、そもそもの企画の座組的にも、商業映画の枠からちょっと外れたような作品で。作品自体はとてもすばらしかったんですけど、野心を持った映画作家のキャリアデザイン的な意味では、「ああ、ここで畳み掛けてくれるわけではないんだ」という勝手な印象があって。

『ワイルドツアー』はこの上なく”贅沢”な撮影環境だったと語る三宅唱監督
『ワイルドツアー』はこの上なく”贅沢”な撮影環境だったと語る三宅唱監督撮影/黒羽政士

三宅「なるほど、なるほど。僕にとって映画を撮るというのは、個人の野心がどうこうというより、やっぱり題材との出会い、人との出会いありきかなと思います。題材およびその制作体制や予算規模においてベストを尽くすのが精一杯で、前後のキャリアまで考える余裕がないというか、そもそも、自分の人生に関して計画性がないタイプの人間でして。計画ってせっかく立てても大抵崩れるし、それで嫌な思いするのも面倒だし、じゃあそもそも計画は立てないぞ、みたいな(笑)。これまでなんとか運良く撮り続けられてきただけで、自分の映画監督としてのキャリアを思い描こうみたいなことは、ここ数年どころか、最初から考えないでやってきたっていうのが正直なところです」

――はい。

三宅「『ワイルドツアー』の次は、(Netflixドラマシリーズの)『呪怨:呪いの家』のオファーがきて。そういうのってコントロールできないことですし不思議な流れだなあと他人事みたいに思いながら乗ってみました。それに、『ワイルドツアー』は制作規模こそ小さい作品でしたけど、これまでで最も贅沢な制作環境ではあって」

――それは、自由が効くという意味で?

三宅「最初から自由というより、一番プレッシャーがかかる仕事だと思ったからこそ、自由の効く作り方を追求できたという感じですかね。山口の地元に住んでいる中高生と一緒に撮るというのはあまりにも責任重大で、でもアートセンター(山口情報芸術センターYCAM)との仕事というのもあって、こっちの都合や習慣ではなく、あくまでも被写体や環境に合わせて撮影体制を柔軟に組めました。どれだけ予算があっても、実はそれはなかなか達成できない贅沢さだなと思います。あの作品をやれたのは本当にラッキーでした。今回の『夜明けのすべて』も、作家的野心でどうこうしようというよりは、とにかく題材に沿ったことをやる。中身はもちろん、撮影体制においてもなるべくそうする。それが自分にとっての野心だったかなと思っています」

――なるほど。

三宅「もっと人生やキャリアについて考えたほうがいいんでしょうか(笑)」

――いやいや(笑)。ただ、単純に『ケイコ 目を澄ませて』も『夜明けのすべて』も、いわゆる受け仕事じゃないですか。

三宅「そうですね」

――もちろん、自分でこの原作をやりたいと企画を立ち上げたりどこかに持ち込むこともあるわけで、原作もの=受け仕事というわけではないですが、それらの作品は原作があるだけではなく、基本的にはオファーを受けて始まった作品ですよね。三宅さんくらいの監督だったら、自分で脚本を書く書かないは別にして、「これを映画にしたい」と言ったら、人もお金も集まるんじゃないかと想像しちゃうのですが。

三宅「ああ、なるほど」

宇野維正の「映画のことは監督に訊け」最新回は、『夜明けのすべて』の三宅唱監督
撮影/黒羽政士

――逆に言うと、「いまの三宅監督にもそれができないんだったら誰ができるの?」っていう(笑)。

三宅「あけすけにしゃべらせてもらうと、いまのところ、ありがたいことにオファーが続いているので、その中から取捨選択を――取捨選択っていうと語弊があるな――、向いてないと思う作品やタイミングが合わないものはお断りもしつつ、ここ数年は、オファーを受けた企画の調べ物や勉強だけで自分の日常は目一杯になっちゃっているというのが正直なところです。ただ、おっしゃってくださったように、おそらく自分が『こういう映画を撮りたい』と動いたら、それが通る企画はあると思います。でも、ある意味、これまではそこから逃げ回っていたんですかね。そのための努力を怠る――怠るというか、運よくやりたいと思える企画が外からやってくるのが続いたから、自分からオリジナルの企画を進める余裕も、必要も、まあ欲求もなかったと。自分の意図しないところから球が飛んできて、『おお、これはどういうチャレンジになるだろう?』って思えるのも映画監督という仕事のおもしろいところだ、なんて都合よく捉えたりもして」

――なるほど。

三宅「ただ、実はいま進めている企画はどれも自分発信の企画なんですが」

――あ、そうなんですね。

三宅「はい。だから、ちょうどそういう意味では今後変化していくところはあると思います」

――変化という意味では、今回のように松村北斗さんと上白石萌音さんという、テレビでもなじみのある役者さん、そして大きな事務所に所属している役者さんを、がっつり主演に据えて作品を撮るのは初めての経験ですよね?もちろん、これまでも名の知られた役者さんとも仕事をされてますが、どちらかというと三宅監督の作品に出演した後に大きな作品も出るようになった方が多かった。

松村北斗と上白石萌音は、NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」で夫婦を演じた2人でもある
松村北斗と上白石萌音は、NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」で夫婦を演じた2人でもある[c]瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

三宅「中国映画で主演をしてきた直後の染谷(将太)さんとの仕事というはありましたけど、いわゆる大きい事務所に所属している方という意味では、そうかもしれません」

――さっき「逃げ回っていた」とおっしゃってましたけど、そこからもこれまでは逃げてたりしてたのでしょうか?

三宅「いえ、それはなかったですね。『逃げ回っていた』というのは、自分で企画を出すことから逃げていたかも、という意味です。そういうキャスト案の企画のオファーがこれまで全然なかっただけで、今回はじめて縁がありました。だから、これといった気負いもなく、いろんなきっかけでたくさんの人が観てくれることになるのかな、というだけでしたかね。もちろん役者さんだけじゃなくて、瀬尾まいこさんもベストセラー作家ですし」


――そうですね。

三宅「これまでの作品よりも大きなマーケットを前提に仕事をするんだなっていうのは、撮影に入る前に多少は思ったような、どうだったか…。上白石さんは『舞妓はレディ』に一観客として泣きに泣かされましたし、そういう意味で、すごい人とご一緒することになったなという想いはありましたけど、2人とも僕の中ではすぐに『山添くんと藤沢さん』にばっちりだなと見えてました。撮影が終わったいまは、2人がスターとして眩しくも見えますけどね」

「『夜明けのすべて』の特徴の一つは、“生きにくさ”を抱えている2人に病名がついていること」(宇野)

――『夜明けのすべて』の企画に惹かれた一番の理由はどこにあったんですか?

三宅「とにかく、この小説の主人公の2人がおもしろいというところです。それがなかったら、どれだけテーマやほかの部分に惹かれても、最後までは乗り切れないものだと思います。この2人だからずっと、最後まで乗れた。最初の段階で直感的に掴まれてしまったので、そこからは早かったですね。あとは、どうして自分はこの2人に惹かれたのか?をゆっくり噛み砕いていく作業で、シナリオを書くことを通してそれを発見していった感じです」

――最近の日本映画の傾向として感じるのは――これはテレビドラマもそうなんですが、“生きにくさ”を抱えた20代や30代という登場人物がとても増えてることなんですよね。それについては時代の必然というのもあるだろうし、個人的にもいろいろと思うところはあるのですが、『夜明けのすべて』の特徴の一つは、“生きにくさ”を抱えている2人に病名がついていることです。単なる、漠然とした“生きにくさ”ではなく。

突然家に押しかけて髪を切ったりと、思わず笑ってしまうような”試行錯誤”で関係を切り結ぶ
突然家に押しかけて髪を切ったりと、思わず笑ってしまうような”試行錯誤”で関係を切り結ぶ[c]瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

三宅「自分がこの題材に惹かれたのは、PMSやパニック障害そのものというより、それを、いわば体育会系的な努力だったり、あるいは恋愛によって解決するのでもない、これまでとは違うかたちで、『ああなのかな?』『こうなのかな?』って試行錯誤しながら2人が自分のことや相手のことを考えているところに、愛嬌を感じたというか、すごく愛着が湧いたんですね。2人は別に恋愛するわけでもないし、無理に仲良くなろうとすら別にしておらず、その関係性はドライと言えばドライなんですけど、そこに曰く言い難い魅力があって」

――その登場人物たちの“名付け得ぬ関係性”みたいな部分に関しては、まさに三宅監督っぽい題材だなと思いました。

三宅「そうですね。でも、自分としては本を読んでる時に『出た!“名付け得ぬ関係”だ!』と思ったりしてるわけではないです(笑)。単にニコニコ読んで『ああ、おもしろかった!』みたいなことで。もしこの物語が仮に、これだけ苦しんだとか、これだけつらいことがあるんだとか、そういうことしか書かれていなかったとしたら、それは、映画にしてる場合じゃないと思ったかもしれない」

――それは本当にその通りだと思います。

三宅「『こうしてみよう』『ああしてみよう』とやっていく過程に、楽しい瞬間だったり、喜びだったりがある。もちろん、もがけばもがくほど苦しくなることもあったうえで、この物語にはとてもポジティブな魅力を感じたんです。単純に、こういう人を映画のなかで見てみたいという。ファーストシーンを例にするなら、ある日バス停で倒れて苦しんでいる人を見かけたとして、その人にそっと近づいて追っていったら、(結果的に)楽しいこともたくさん見つけることができたというようなイメージですね」

――題材の重さに対して、作品のトーンは非常に楽しげというか、軽やかですよね。そこは『ケイコ 目を澄ませて』とも少し違う。

三宅「瀬尾さんの小説に惹かれたのがまさにそこですね。ユーモアなどの力によって、いろんな『思い込み』から解放されていくような、そういう気持ちよさがあると思います。そもそも、苦しみはもう現実で十分というか、わざわざお金を払って時間を使ってまで、『こんな苦しみが世間にはあります』で終わるものはいち観客としてはあんまり見たくない。その先の、突破口みたいなものを見たいと思っています」

――でも、きっと観客によってはいろんなツボがあって、『夜明けのすべて』も、もちろん楽しいだけの作品ではない。

三宅「もちろんそうです」

――自分が観ていて胸が苦しくなったのは、2人が抱えている病気の直接的な描写ではなく、上白石さん演じる藤沢さんが、職場の同僚に気を遣っていつもお菓子や差し入れをたびたび買っていくじゃないですか。ああいう日常の風景って、あまり映画やドラマで見たことがなくて。

三宅「そうですね。登場人物がその場で苦しんだり悩んだりして、『これが正解なんじゃないか?』と思っていろんなアクションを起こしていて。そのアクションは端から見たら正解じゃないかもしれないけれど、とにかくアクションを起こしている。誰かに迷惑をかけちゃったり、トラブルを起こしてしまった時に、いろんな方法のうちどのアクションを選ぶのか、というのが彼女の個性で。同僚がパニック障害だとわかった時に『どうしよう?』って思って、そこで起こす最初のアクションだったり。映画全体は全然派手じゃないし、この作品をアクション映画として売ることは絶対にできないですけど(笑)、物語を前に進めているのは、一つ一つその都度決断して、そこで起こされるアクションなんです。もしそれが間違っていたら、また次のアクションを起こせばいいや、みたいな感じで」

――そこがさっき言った「軽やか」という印象につながっているのかもしれないです。

三宅「そうですね。意外と、ずっと登場人物が動いている。それが、もしかしたらこの映画を貫いている原理かもしれないです。原理というか、おもしろさというか」


宇野維正の「映画のことは監督に訊け」

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