ビヨンセ史上最高のツアーは、ビヨンセによる“ファッションのルネッサンス”。『Renaissance: A Film by Beyonce』の衣装に込められた意味を紐解く
「Summer Renaissance」:時空を超えて、ビヨンセのために再生されるファッション
今回のツアーで、ビヨンセが披露した舞台衣装は計148着。世界中から様々なブランドとデザイナーが参加し、英ガーディアン紙のファッション・エディターは、もはやこれは「デザイナーにとっての新しいキャットウォーク」と評した。いずれのコスチュームも、ビヨンセそしてツアーのために、特別に仕立て直されていて、そのいくつかのオリジナルの中には、ランウェイで発表されたものもある。
最もバズったルックの一つが、ジョナサン・アンダーソンによる「ロエベ」の“ハンズオン”ボディスーツ。同ブランドの2022年秋コレクションのもので、オリジナルはドレス(スカート)だった。どうやら、ビヨンセはこのルックが最もお気に入りだったよう。なぜなら、デザイン違いの衣装を複数提供したブランドはいくつもあるけれど、同じデザインを色違いで3つもそろえたルックはこれ以外にないし、ツアーを印象付ける大事な初日のストックホルム公演や、生まれ故郷で開催された米テキサス州ヒューストン公演、そして崇拝してやまないと公言しているダイアナ・ロスがサプライズゲストとして来場した誕生日(9月4日)に着用したからだ。
1945年に設立されたフランスのクチュールブランド「バルマン」の伝統的なラグジュアリーさに、モダンさを与えて生まれ変わらせたのは、現在デザイナーとクリエイティブディレクターを務めるオリヴィエ・ルスタンだ。オリヴィエは今年3月、ビヨンセとともに製作した「クチュール・ルネッサンス」というコレクションを発表した。各ルックのインスピレーションは、アルバムに収録された楽曲たち。実際にコンサートで着用したのはウエストに付けられたダイナミックなコサージュが特徴のドット柄ドレスで、オリジナルは2024年春コレクションのもの。ラッパーのミーガン・ザ・スタリオンがパフォーマンスする、大切な出身地のヒューストン公演で着用したことから想像するに、ドラマティックな演出に欠かせないルックだったに違いない!
現在「ミュグレー」のクリエイティブディレクターを務めるケイシー・カドワラダーは、ビヨンセのために2つのルックを提供したそうだが、特筆すべきは、クイーンにふさわしい蜂のヘッドピースとマッチングカラーのコルセットルックだ。オリジナルは、創設者のティエリー・ミュグレーがデザインした1997年春のクチュールコレクション。2009年、ビヨンセの4番目のアルバムツアー、「I Am…World Tour」の際には、ティエリーは衣装提供だけでなく、振付や照明のアドバイスもしていた。翌年の2010年からブランドを離れていたティエリーは、2022年に亡くなったのだが、ティエリーとビヨンセが愛したグラマラスなミュグレーのスタイルは、カドワラダーによって、現在によみがえった。
2021年に「プッチ」のアーティスティックディレクターに就任したカミーユ・ミチェリが、プリントの王子と呼ばれた、ブランド創始者エミリオ・プッチのジャルディーノ(イタリア語で庭を意味するチェッカーボード柄)プリントを復刻させたのが、2023年秋コレクションでのこと。そのプリントは、ビヨンセ仕様になって、さらにポップにアップグレード。一目見てプッチとわかるデザインを後世に残していること、一度見たら忘れないインパクトを残すデザインを生み出すこと、そんなデザインに負けないビヨンセのどれもすごい。
さすがのコラボレーション!と大きく話題となったのが、「ルイ・ヴィトン」のルックだ。今年2月、新たなメンズ・クリエイティブディレクターに任命されたばかりのファレル・ウィリアムスが、ビヨンセと数曲のパフォーマンスにダンサーとして参加している娘のブルー・アイビー(とバックダンサー)のために、シグネチャーであるダミエ柄を、クリスタル刺繍のキャットスーツに落とし込んだ。オリジナルは、ファレル初の2024年春メンズウェアコレクションになるが、ダミエパターンは、2色の四角形が交互に並ぶ、1888年から採用されている同ブランドを代表するラインの一つだ。
アルバムの最後、16番目に収録されている「Summer Renaissance」は、ドナー・サマーの「I feel love」をコーラスに用いて、パンデミックを経たいま、セックスや結婚といったロマンティックな愛を含む、すべてのラブの力を思い出そうよ、という雄大な曲なのだが、その歌詞の中には、いくつかのファッションブランドが登場する。その中でも、ビヨンセが一段と深く愛を込めているのが、「テルファー」だ。
ニューヨーク市ブルックリン区にあるブッシュウィックエリア発祥のブランドで、一番大きなサイズのバッグでも300ドル以下とお手頃なのだが、セレブでも手に入れることができない人気ぶりと、ブッシュウィックのヒップな若者がこぞって持っていたことから、「ブッシュウィック・バーキン」と呼ばれ、広く知られるようになった。ブランドを立ち上げたのは、リベリア人の両親を持つ、クィア(性的マイノリティや既存のセクシュアルアイデンティティのカテゴリーに当てはまらない人の総称)のデザイナー、テルファー・クレメント。
ビヨンセは、BIPOC(黒人、先住民や有色人種)が所有するビジネスやブランドのサポートを公言していて、ルネッサンスで彼女が纏うファッションは、ステージ上での機動性や迫力、ビジネスの規模の大きさや知名度だけで決められているのではなくて、なんとも愛のある、深い意味があることがわかる。