ビヨンセ史上最高のツアーは、ビヨンセによる“ファッションのルネッサンス”。『Renaissance: A Film by Beyonce』の衣装に込められた意味を紐解く
「Heated」:自分らしく生きること、それが本当の自由
「ルネッサンス」に込められた要素はたくさんあるけれど、それらを丁寧に追ってみると、ビヨンセのルーツ、そしてファミリーにたどり着く。父親マシューがデスティニー・チャイルドのマネージャーをしていたことや、母親ティナが専属スタイリストとして衣装デザインを担当していたことは有名だ。排他的だった音楽業界やファッション界において、無名のブラック(グループ)をサポートしてくれる人やブランドがおらず、ビヨンセの才能を信じて家族で一致団結する以外に方法がなかったのだ。そのファミリーの中で、最も重要な一員がジョニーおじさんだ。母ティナと幼少期を共に過ごし、本人だけでなく、ビヨンセと妹ソランジュの育児を手伝ってくれたことや、ビヨンセのプロム(卒業パーティー)でドレスを作ってくれたこと、デザインやファッションのセンスはすべて彼から学んだと、とあるインタビューでティナ自身が明かしている。アルバム11番目の曲「Heated」では、“ジョニーおじさんが服をつくってくれたの”と謳い、曲の中に登場するだけでなく、アルバム「ルネッサンス」自体が、エイズの合併症で亡くなったジョニーおじさんに捧げるものだという。ルネッサンスのファッションを通じて表現しているのは、おじさんへの壮大な恩返しなのだろう。
ツアーでは、2018年から運営を行っている自身のアスレジャーブランド、「アイビーパーク」が多用されている。アイビーについては、長女に名付けるほど意味のあるものだが、そのエピソードはここで割愛するとして、パークについては、自分がありのままでいられる場所、ゴールやモチベーションになるところを指す“パーク”を見つけて見つめてほしい、という願いを込めているそうだ。自分が自分らしくいられる、自分らしく生きることを表現する方法、それがビヨンセとファミリーにとって、ファッションなのだ。
ポストパンデミックのいま、会場で彼女の生の声を聞くなどリアルな体験は何事にも代えがたいが、本作はツアーに参加した人でも楽しめるすばらしい作品となっている。細かなファッションのディテールや、公演ごとに異なった豪華なコスチュームを、スクリーンではまとめて堪能できるところが見どころだ。ビヨンセ史上ならぬアーティスト史上最高との呼び声の高い、彼女の集大成でもあるツアーながら、彼女は自由になるために再び生まれ変わり、私たちが目撃するのは、彼女の伝説の、新しい始まりなのだ。
文/八木橋恵