た組「綿子はもつれる」や維新派「トワイライト」も8K上映された「EPAD Re LIVE THEATER in Tokyo」をロングレポート

コラム

た組「綿子はもつれる」や維新派「トワイライト」も8K上映された「EPAD Re LIVE THEATER in Tokyo」をロングレポート

あらゆる人が舞台を楽しめる、ユニバーサル上映

ユニバーサル上映についての説明
ユニバーサル上映についての説明

本イベントでは、THEATRE for ALL(株式会社precog)が企画・運営したユニバーサル上映会および参加型トーク「みんなでかんじる・かんがえる」も随時開催された。鑑賞時に利用できる、字幕ガイドや音声ガイドなどの各種サポートのほか、暗闇や長時間の着席といった状況でなくても鑑賞できるよう、ロビーでの視聴環境も整えられていた。10月19日のマームとジプシー「cocoon」上映では、字幕ガイドに加え、2名の手話弁士が映像に合わせ手話通訳を行った。上映後トークに参加したTA-net理事長の廣川麻子氏は、字幕に加え手話が入ることで、俳優の息遣いや感情、雰囲気など作品の細部をより正確に伝えることができると、その意義を語った。

「綿子はもつれる」アフタートークの様子
「綿子はもつれる」アフタートークの様子

上映後の参加型トークの壇上では、サポートを利用した参加者が、それぞれ観劇の感想や、異なるサポートを受けたり、サポートなしで観劇した観客はどう感じたかなど、活発な対話を繰り広げた。劇中で用いられる特徴的な効果音に対する字幕ガイドでの表現(「綿子はもつれる」上映後トーク)や、現在と過去が入り交じる演出を手話でどのように表現するか(「cocoon」上映後トーク)といった、作品とそれを伝えるための鑑賞支援について、字幕ガイド作成者や演出家を交えながら、作品の演出意図やテーマへの理解を深めるトークも展開された。

アフタートークの内容はアプリにて文字起こしされる
アフタートークの内容はアプリにて文字起こしされる

このトークはリアルタイムでUDトークアプリに文字起こしされて読むことができ、質問や感想も同アプリから投稿できる仕組みとなっていた。鑑賞後、ひとりで作品の良さをしみじみ噛みしめる時間も間違いなく豊かだが、同じ時間を過ごし、さまざまな方法で観劇した鑑賞者たちと感想をシェアし、対話する時間は、作品への新たな解釈や気づかなかった魅力の発見をうながす、創発的な試みとなっていた。

近年の話題作から過去の貴重な作品まで。個人で楽しめる鑑賞ブース

イベント会期を通じて会場ロビーに特設された鑑賞ブースは「観たい時に、観たい舞台作品の映像が観られる”演劇図書館”」として、EPAD収蔵の舞台映像から、宮城聰氏、岡室美奈子氏、徳永京子氏、横堀ふみ氏の推薦作品とEPADセレクション合計22作品を、3時間の予約枠のなかで自由に選びブースで鑑賞することができる。ブースは衝立で仕切られ、視界いっぱいに広がる大きなモニターを独り占めし、ヘッドホンをつけて鑑賞に集中できる作りになっている。

鑑賞ブースの様子
鑑賞ブースの様子

今回選ばれた22作品は、ままごと「わが星」(15)やイキウメ「散歩する侵略者」(17)など近年の話題作はもちろん、こどもの城 青山劇場・青山円形劇場「転校生」(94)や劇団 夢の遊眠社「野獣降臨」(87)など、映像資料として貴重な作品も観ることができる。ソフト化していない作品もラインナップされているとあって、ブースの予約開始から一日で全予約枠が満席になったそう。2席設けられたブースの初回の予約枠では、平田オリザ演出版「転校生」と飴屋法水演出版「転校生」が並んで観られていたという、演劇ファンとしてはたまらない偶然も起きたという。

EPADが厳選した舞台作品の中には貴重な映像も
EPADが厳選した舞台作品の中には貴重な映像も

作品のなかには、当時のテレビ放送映像のみ残っているものもある。セレクトを行った宮城聰氏は、福井健策氏とのトーク(21日、東京芸術祭2023×EPAD「時を越える舞台映像の世界」)のなかで、演劇界で神話的に語られる、ピーター・ブルック演出「マハーバーラタ」の1985年初演も、映像としては数十秒のニュース映像しか見つけられなかったことや、舞台の演出を学ぶには名演出家の作品映像を観るのが参考になるが、演劇の性質上難しく苦労したことを、自身の経験を踏まえて語った。福井氏は、文学や音楽に比べ、作品自体の保存ができない演劇のスピード感を「50年前が伝説になってしまう」と表現。現代の技術で高品質映像として残すことが、未来の演劇にとって意味があることだと語った。この鑑賞ブースはその後、三重県総合文化センターで12月17日まで設置された。

多様な鑑賞形態について考えるきっかけとなった
多様な鑑賞形態について考えるきっかけとなった撮影:サギサカユウマ

コロナ禍での、人が集まることのできない状況、それに伴うエンターテインメントの危機はまだ記憶に新しいが、現状、演劇を観るために劇場に人が戻りつつあることも確かだ。今回の上映会は、これまでのEPAD事業が提示した「劇場に行けなくても映像を」という選択肢だけでなく、誰と・いつ・どんな映像を・どんな方法で観るのか、あらたな可能性を感じさせ、鑑賞体験を広げるヒントがいくつも提示された。時間も空間も越えて、名作を鑑賞する機会が生まれている。現在そして未来の観客、作り手、劇場が、演劇を楽しむチャンスはいくつもあると確信した上映会だった。


取材・文/北原美那

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