スパイ映画の新視点、ネコ、そしてビートルズ…マシュー・ヴォーン監督が語る『ARGYLLE/アーガイル』を構成する3つの要素
「スパイ映画に結びつかない俳優をキャスティングすることで新鮮に感じる」
ヴォーン監督といえば、「キングスマン」シリーズが世界的な大ヒットを記録したことで、卓越したスパイ映画の作り手として多くの映画ファンから熱烈な支持を集めている。しかし本作では、そうした従来のスパイ映画とは異なるアプローチに挑むこととなった。
「長年にわたって私が描いてきたのは、スパイに関する“空想の世界”といえるでしょう。でも本作の舞台は現実の世界。エリーと、彼女の前に現れるスパイのエイダンは、観る者がどこか親近感を覚えてしまうような“普通の人たち”でなくてはならなかった」。そう語るヴォーン監督にとって、特に重要だったのはやはりキャスティングだ。「スパイ映画に結びつかない俳優をキャスティングする。そうすることで、既視感のあるものでもとても新鮮に感じると考えました」。
そこでエリー役として白羽の矢が立ったのは、「ジュラシック・ワールド」シリーズでおなじみのブライス・ダラス・ハワード。ヴォーン監督がプロデュースを務めた『ロケットマン』(19)ではタロン・エガートン演じるエルトン・ジョンの母親シーラ役を演じていたハワードだが、ヴォーン監督との接点は15年以上前の『スターダスト』(07)まで遡ることになる。
「ブライスは『スターダスト』のオーディションを一番乗りで受けにきました。その時はすばらしい結果を出してくれたけれど、彼女はその時点で『スパイダーマン3』のキャストに決まっていて起用することが叶いませんでした」と振り返るヴォーン監督。「でもその時から、優しさと魅力が伝わる演技を彼女ができることを知っていました。なにより彼女の母親は本物の作家。作家を演じる手本となる人物が身近にいるとなれば、まさしく彼女はエリー・コンウェイなのです」。
一方、エリーの前に現れる現実世界のスパイであるエイダンは、エリーが小説として創造したアーガイルとは対照的に、ちっとも洗練されていないスパイだ。この役柄こそ、人々がスパイに対して持っているイメージを根底から覆すカギとなると考えたヴォーン監督は、それに相応しい俳優として『スリー・ビルボード』(17)でアカデミー賞助演男優賞に輝いたサム・ロックウェルを起用することに。
「観客は、サムがスパイだとは直ちに認識しないだろう。でもそれこそが、スパイの本質なんだ」と自信たっぷりに語る。「『キングスマン』シリーズや『007』シリーズでは、スパイたちはビシッとした一分の隙もない服装をしているものです。だが本作でサムが演じるエイダンは、意図的に常識の逆をいっている。目立つことなく社会に溶け込むタイプのスパイといえるでしょう。イアン・フレミングはスパイ役に彼を起用することはないだろうが、きっとジョン・ル・カレなら起用していたでしょう」。