韓国アクションノワールの新たな傑作『貴公子』の世界を解説!「うるわしの宵の月」やまもり三香描き下ろしのミステリアス“貴公子”に見惚れる
現代の韓国映画は、既存のジャンルをアップデートすることで成長を遂げてきた。なかでもパク・フンジョン監督は、映画の王道ジャンルとしてのアクションと、韓国映画が得意としてきた生々しいノワールを融合させた新時代の映画監督だ。彼の最新作『貴公子』が、4月12日(金)に劇場公開される。
舞台はフィリピン。マルコ(カン・テジュ)は病気の母の手術代を稼ぐため、アンダーグラウンドのボクシング選手として日銭を稼いでいた。彼は韓国人男性とフィリピン人女性の間に生まれた子供“コピノ”で、父の顔も知らない。ある日、父の代理人を名乗るカン弁護士(ホ・ジュンソク)がマルコのもとを訪れる。行方知れずの父は韓国有数の資産家で、余命幾ばくもないのだった。カン弁護士と共に韓国へ向かう飛行機の中で、マルコは自らを「君の友達(チング)」と呼ぶ不気味な笑顔の男、“貴公子”(キム・ソンホ)に出くわす。さらに追い打ちをかけるように、マルコは韓国へ到着するや否や異父兄妹たちによる遺産争いに巻き込まれる。熾烈なカーチェイスと銃撃戦が入り乱れるなか、またもや“貴公子”が登場。マルコは狂暴な彼らから必死に逃げ延びようとする。
『貴公子』は、王道的なアクション&バイオレンスで観客を大いに沸かせる一方で、ジャンルの常識にとらわれないパク・フンジョン監督ならではの魅力が詰まった作品だ。本作の見どころについて、容姿端麗でスマートな振る舞いから“王子”と呼ばれる女子高生と、同じく“王子”のあだ名がついた先輩男子の物語「うるわしの宵の月」を手掛ける漫画家、やまもり三香が描き下ろした“貴公子”のイラストと共に紹介していこう。やまもり氏も本作を楽しんだようで「息も吐かせぬストーリーはジェットコースターのようで、あっと言う間にエンディングでした。一見の価値あり!」と太鼓判を押している。
ノワールの名手であるパク・フンジョン監督の大胆な演出が光る快作
パク・フンジョン監督は、近年ではサイキックアクション『The Witch/魔女』(18)に代表される“魔女ユニバース”の成功で多くの映画ファンに認知されている。一方、非常に多作な映画作家としてもよく知られている。『悪魔を見た』『生き残るための3つの取引』(ともに10)の脚本家として評価されたのち、李氏朝鮮を舞台に武侠映画に挑戦した初の長編『血闘(2011)』で監督デビュー。こうした経歴からも見て取れるように、バイオレンスとアクションを徹底的に追求したノワールムービーを得意としている。
犯罪組織に潜り込んだ捜査官が任務と友情に引き裂かれていく『新しき世界』(13)や、復讐に心を燃やしたヤクザ者が浸るつかの間の愛を描く『楽園の夜』(21)のような濃密な感情劇を書かせても見事だが、『貴公子』はそうしたドラマ性をあえて徹底的に排し、富や地位に向かう人間の乾いた欲望と、残酷な活劇のみに振り切った大胆さがある。財閥の御曹司(キム・ガンウ)たちは、ひたすら父親の財産だけを狙う俗人だが、一方の“貴公子”は目的が分からないからこそ、残虐行為をシンプルに楽しんでいるかのようで、その姿は人間の本能の中に“狩り”があるのかもしれないことを示唆しているのかもしれない。リアリティとフィクションのギリギリの線を攻めた力業のディレクションも、映画を観ることの愉しみを存分に感じさせてくれる。
高貴な笑顔にあなたもだまされる!一撃必殺の超凄腕スナイパーに変貌したキム・ソンホ
パク・フンジョン監督の驚くべき才能の一つが、俳優の新たな一面を開花させる手腕にある。『V.I.P. 修羅の獣たち』(17)では、それまで可愛らしい年下男子や清潔感のある青年を好演していたイ・ジョンソクを残虐な連続殺人犯役に起用。役者の新境地を見せると共に高い演技力を証明し、実力派の仲間入りを果たすきっかけとなった。本作でタッグを組んだのは、演劇出身という確固たるスキルと華を兼ね備えたキム・ソンホだ。
最近のキム・ソンホの当たり役と言えば、「海街チャチャチャ」のホン班長。頭脳明晰で容姿も抜群、でもお人好しな便利屋というで一躍視聴者を虜にした。そんな親しみやすいキャラクターを、主役の謎の男こと“貴公子”を演じたことでイメージを完全に刷新し、キャリアを一段引き上げた格好となった。
“貴公子”はブランド物を身にまとい、咳一つするときもハンカチで口を覆う上品な仕草と笑みを見せつつ、向かってくる敵を容赦なく手にかける謎の人物だ。行動原理がつかめないこうした残酷なキャラは、一見すれば映画ファンから忌避される、いわゆる“ニヤニヤしたサイコパス”に陥りがちだ。往々にしてこうしたキャラの怖さは虚仮威しに過ぎないからだ。高笑いしながらやたらと銃を撃ち放したりするが、実際は弱い。だが“貴公子”のアクションシーンを見ていると、接近戦でも一撃で相手の急所を突いているのが分かる。ヘアスタイルや靴といった自身の愛用品に滑稽なほど気を遣いながら、無駄な動きをすることなく敵を仕留めているのが凄い。韓国でマルコと繰り広げる追走劇でも、高所から飛び降りるシーンでは“ひらり”という擬音をつけたくなるほど優雅な所作を見せる。こうも優雅な活劇は、韓国ノワールではあまり類を見ない。見終わってみると、不敵な笑顔を逆手に取るかのような“貴公子”にしてやられた感で、観客は心地よい後味に酔いしれるだろう。