韓国アクションノワールの新たな傑作『貴公子』の世界を解説!「うるわしの宵の月」やまもり三香描き下ろしのミステリアス“貴公子”に見惚れる
緊張と弛緩を繰り返すアクションシーンから目が離せない!
もちろん、アクション描写の名手としても定評のあるパク・フンジョン監督お得意のアクションシーンも見ごたえがある。特徴的なのは、多くのアクションが近接戦で行われていることだ。パク・フンジョン監督が「獣のような生存本能のあがき」をコンセプトに掲げたと言うだけあり、登場人物によるあらゆるシーンが肉弾戦の様相を呈している。ガンアクションもとにかく近く、またモーションも素早いので、観客を飽きさせない。財閥の御曹司が猟銃を愛用していたり、“貴公子”が銃にサプレッサー(銃の発射音と閃光を軽減するために銃身の先端に取り付ける筒状の装置)を装着している描写も、銃器の所持が厳格な韓国におけるリアリティが追求されている。
シン・テホ撮影監督が「単純な追跡劇ではなく、空間理解に基づいた視覚的興奮を届けたかった」と語る、空港からマルコを乗せた車両をめぐるカーチェイスも、ヒリつくようなアプローチがなされている。広大なロケーションを空撮で見せたり、車両同士が併走しながらガンアクションを展開したりと、神経の行き届いた画づくりは、キャラクターの位置、お互いの距離感、そこから生まれる感情が把握できるアングルが慎重に選ばれたという。まさに、アクション撮影の良き見本のようなシークエンスだ。コ・アラ扮する謎の女性のハンドルさばきも豪胆かつ鮮やかで、「The Witch/魔女」シリーズのマッドなヒロインを彷彿とさせる。
こうした定番要素だけでなく、韓国アクションムービーならではの究極の肉体アクション、“実際に走って追う”追走シーンも見ものだ。“貴公子”が追跡に使用していたベンツを乗り捨てマルコを追っていく姿は、上品さがありつつもどことなくオフビートなムードも醸していて、絶妙に味わい深い。そして地下ボクシングで鳴らしたマルコも、追われてばかりではない。ニヤつく“貴公子”の隙を突いてイキの良い拳を打ち込み、“貴公子”が呆気にとられるシーンは殺伐とした本作にコミカルな味わいを加えている。
生々しいバイオレンスと迫真のアクション、劇的なモーションが乱れ飛ぶ本作は、やはりスクリーンでこそ真のおもしろさを堪能できる。韓国ノワール史の金字塔的瞬間を目撃すべく、ぜひ劇場へ足を運んで頂きたい。
文/荒井 南