黒沢清と濱口竜介の“師弟対談”をフルボリュームでお届け!『蛇の道』の演出術を隅々まで深掘り - 2ページ目|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
黒沢清と濱口竜介の“師弟対談”をフルボリュームでお届け!『蛇の道』の演出術を隅々まで深掘り

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黒沢清と濱口竜介の“師弟対談”をフルボリュームでお届け!『蛇の道』の演出術を隅々まで深掘り

「撮影現場で撮れたものは、可能な限り大切にしたい」(黒沢)

濱口「ここで改めて伺いたいのは、黒沢さんにとって“偶然”はどの程度大事なものなのでしょうか?というのも、『Chime』を拝見して、本当に寒々とした荒野が拓けていくような映画に感じました。そのなかでは電車が通り過ぎる瞬間を明らかにねらっていて、それを映画の力に変えようとしていると感じたんです。今回の『蛇の道』でも照明を作っていると思っていたので、偶然よりも作り込むスタンスなのだろうと感じたのですが、実際のところはどうなのでしょう?」

【写真を見る】アカデミー賞候補監督の濱口竜介が、“教え子”の立場で師匠・黒沢清に質問!
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黒沢「そんなに作り込んではいないですね。偶然晴れていたら晴れで、雨が降ったら雨。車のなかで2人がしゃべるシーンではたまたま雨が降ったりしていますが、なるべく偶然は偶然のまま、そのままでいいんだというスタンスです。最近はデジタル技術で雨が降っていても晴れているみたいに変えることができたり、天候は後で作るものだというぐらい大胆な発想で撮っていく人もいる。今回は『ダゲレオタイプの女』でも組んだアレクシ・カヴィルシーヌがカメラマンで、僕の好みをよく知ってくれていたので、現場の天候はなるべく活かす方向で、ちょっといじる程度で作っていきました。このちょっといじるのが本当に憎たらしいような作業なんです」

濱口「具体的にどの辺をいじったのか、言えることがあれば教えてください」

黒沢「曇っているといってもどんな曇りなのか。現場の曇りを活かしつつ、手前の人間だけはもうちょっと明るくしてみたりとか、逆に暗くしてみたりとか。目の辺りは見せたいとほんの少し光を足してみたり。後でどんなことでもできる。やりすぎるとアニメーションみたいになってしまうので、わずかだけやっています」

濱口「かつては照明で何時間もかけてやっていたものが、いまは現場でやる必要がなくなったと」

黒沢「まあ現場でもやってはいますけどね」

黒沢清監督や柴咲コウらはフランスに渡り、撮影に臨んだ
黒沢清監督や柴咲コウらはフランスに渡り、撮影に臨んだ [c] 2024 CINÉFRANCE STUDIOS – KADOKAWA CORPORATION – TARANTULA

濱口「黒沢さんは現場で起きたことが自分にとって信頼が足るというか、進行させる物語そのものに奉仕するかということより、その場で起きたことに従いたいというのが基本なんでしょうか?」

黒沢「これは…すごく難しい、映画とはなんだろうということに触れる悩ましいものですね(笑)。撮影現場で起こったことは天候だけじゃなく、俳優がこういう台詞を言ったとか、色々なことがある。でも撮影現場で撮れてしまったものは、一回限りの非常に貴重なものなので、可能な限り大切にしたい、という考え方がどうも染み付いているんです。一回限りのフィルムに記録されたものは神聖であるという考え方で、全然そうじゃないと考える人もいますよね」

濱口「いかようにもいじってしまえばいいという」

黒沢「僕の経験では、フランスの方は割と後でどうとでもなるというタイプの人が多いです。台詞もアフレコでどんどん変えていったり、後ろに映っている人を邪魔だからとデジタルで消してしまう。僕はたまたま映ったならいいじゃないと、消す発想がそもそもない。台詞もよほどNGならやり直すけど、脚本と違っても俳優が現場で言ったものなら貴重だと思う方です。作った素材を次々と新しいものにクリエイトしていこうというのがフランスの映画の作り方で、僕はそれについていけないので、撮ったものをなるべく大事にしたい。現地のスタッフにそういうと、なるほどと認めてくれましたけど」

監督としても名高いフランスの名優が、“死体メイク”にノリノリ!?

“世界の黒沢”の自信作に、現地の名優たちも続々出演
“世界の黒沢”の自信作に、現地の名優たちも続々出演 [c] 2024 CINÉFRANCE STUDIOS – KADOKAWA CORPORATION – TARANTULA

濱口「フランスで黒沢さんと一緒にお仕事した人と話す機会があったのですが、本当にすばらしい経験だったと皆さんおっしゃっていました。本当に仕事が早い。毎ショットをワンテイクで撮っていくから、俳優に緊張感がみなぎっていくと。これはクリント・イーストウッドだなと感じました(笑)。俳優さん一人一人、特にメインの2人が本当にすばらしいですよね」

黒沢「それはもう、俳優の力は計り知れないものがあります。こちらの意図とか監督の技量を超えて、俳優の力は画面に映ってきますから。本当にすばらしかったし、皆さんよくやってくれました」

濱口「マチュー・アマルリックにあんな格好をさせて、はたしてフランスは怒らないのかなと(笑)。オリジナルでは下元史朗さんがやられていた役でしたが」

黒沢「皆さんご存知だと思いますが、マチューさんって偉い人なんです。監督もやられている方で、何人ものフランス人から『アマルリックによくあんなことをやらせたね』と言われました」


濱口「黒沢さんは同い年ぐらいなんですか?」

黒沢「僕よりも若いです。でもご本人はあの役に大喜びで、水かけられたりすると『もっとやってくれ!』と。途中でグレゴワールと拳銃を奪い合うシーンではカメラに映ってないのに取っ組み合いをしてくれましたし。有名な俳優になってくると、出演するといっても座って心理的な表現をするとか…濱口得意じゃん(笑)。“濱口的”な静かな台詞をどう表現するかというお芝居が求められることが多いなかで、いきなり走って水かけて拳銃を奪って転げ回ってくれとか、滅多に注文がないようで。死体のメイクも楽しんでいました」

濱口「ノリノリな感じが伝わってきましたね」

黒沢「マチューさんもグレゴワールも、スリマヌ・ダジも、みんな死体のメイクをするとゾンビの真似するんだよね。必ずそれで写真撮ってるし(笑)」

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