「海が走るエンドロール」たらちねジョンも驚愕!「ロード・オブ・ザ・リング」最新作におけるアニメーションの精巧さとシリーズとのつながり
“中つ国(ミドルアース)”と呼ばれる世界を舞台に、善と悪の壮大な攻防を描いた「ロード・オブ・ザ・リング」三部作。そこから遡ること200年前に起きた、知られざる伝説の戦いを映画化した長編アニメーション『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』が公開中だ。J.R.R.トールキンが創造した原作「指輪物語」は“ファンタジーの始祖”と呼ばれ、初の実写化に挑んだ三部作もまた、後世のクリエイターに大きな影響を与えてきた。現在、「海が走るエンドロール」を連載中で、「グッドナイト、アイラブユー」「アザミの城の魔女」などを代表作に持つ漫画家、たらちねジョンもそんなクリエイターの一人である。今回、たらちねに最新作『ローハンの戦い』の魅力から、「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズが自身の創作に与えた影響まで語ってもらった。
本作の舞台は、シリーズ2作目『ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔』(02)に登場した騎士の国ローハン。アラゴルンたちがセオデン王らと共に死闘を繰り広げた地、ヘルム峡谷の由来となった“槌手王(ついしゅおう)”ヘルム (声:市村正親)の治世を描く。平穏な日々の最中、突然西境の領主フレカ(声:斧アツシ)が、自身の息子のウルフ(声:津田健次郎)と、ヘルムの娘、ヘラ(声:小芝風花)の結婚を要求。これを拒んだヘルムは、フレカを決闘の末に打ち倒してしまう。かつてはヘラの幼なじみだったウルフだが、父の復讐を果たすため大軍を率い、ローハンへ侵攻。はたしてヘラは、祖国と民の未来を救えるのか。
「剣が使えるヘラは“盾の乙女”の歴史の担い手でもある」
「東のエデン」や「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」で知られる神山健治が監督を務め、「ロード・オブ・ザ・リング」三部作を手掛けたピーター・ジャクソンが製作総指揮、同じく脚本を担当したフィリッパ・ボウエンもプロデューサー/ストーリーとして参加している本作。原作小説「指輪物語7 追補編」は数ページほどのボリュームで、主人公の若き王女ヘラに関しては名前の記述すらない。“ヘルムには娘がいて彼女が戦争のきっかけになる”という設定から、神山監督やボウエンらが膨らませたキャラクターと言える。そのうえで、ヘラからは「日本の血脈を感じる」とたらちねは語っている。「キャラクターデザインでいえば、日本人の好みに近いと思います。大人の女性なんですけど、どこか少女性も残っているというか。童顔気味だけどスタイルがいいのも特徴的ですよね。スタイルに関しては『攻殻機動隊』の草薙素子にも通じるかもしれません。体のラインがとても美しかったです」と、漫画家ならではの着眼点も見せた。
そんなヘラは、剣や馬術に長け、ローハンが敵の侵攻を受けて窮地に陥ったことから、多くの民を率いて脅威に立ち向かうおうとする勇ましい女性で、「彼女はすごく魅力的なキャラクターでした」というたらちねの言葉のとおり、存在感は抜群だ。「最初は、“誰かと結婚して幸せに暮らしました”といった、ありがちな結末を迎えると思っていたのですが、彼女が戦いのなかでどのように立ち回り、なにを得たのかが物語の軸になっていて、人格や精神的強さも想像することができました。『自由なまま、最後まで生きた』というナレーションにも感動しましたね」。
ヘラは“盾の乙女”と呼ばれ、置かれている境遇も含めて三部作におけるローハンの王家の娘、“盾持つ乙女”と呼ばれたエオウィン(ミランダ・オットー)というキャラクターを思い出させる。「エオウィンは『王の帰還』で恐ろしい敵であるアングマールの魔王を打ち倒しましたし、彼女が主人公の作品も観てみたいと思っていました。ヘラも王女でありながら剣が使えて、“盾の乙女”の歴史の担い手でもあることからも、エオウィンとつながりがあるように感じました。戦う女性ってかっこいいですし、しかもちゃんと強いので観ていて気持ちよかったですね」。
「残酷にも思えますが、歴史ってこういうことなんだろうなと」
ヘラと対をなすのが、フレカの息子ウルフだ。「ウルフは金で雇った兵士を集めて王様気分に浸っているようなキャラクターでした。家臣の忠告も聞かないし、わざわざ王冠まで被って子どものようで、そこが彼の幼さを強調していておもしろい。ローハンの民はヘルム王のことをすごく信頼していて、忠誠心も篤いので、その対比も印象的でした」。
一方で、ヘラとウルフは幼いころに剣の腕を共に磨いた幼なじみでもあった。この関係性について、「ヘラとウルフの関係が修復されるなど、2人の物語をもっと描いていくのかな?と思ったのですが、ウルフは圧倒的に悪でした。彼の経験したことを考えると、救いを与えたくもなりそうなところですが、そこは切り捨てていましたね。残酷にも思えますが、歴史ってこういうことなんだろうなと思わせるような描き方で、自分では書けない物語だなと。それがおもしろかったです」と分析するなど、意外性のある展開だったようだ。
「孤独な存在であるヘルムの心象表現がよく描かれていた」
ローハンを統治するヘルムは威厳があり、武功にも優れた「ロード・オブ・ザ・リング」の世界を象徴するようなキャラクター。劇中では、フレカをたった一発殴っただけで死亡させ、追い詰められながらも大勢の敵兵をやはり素手で殴り殺していく常人離れした活躍を見せており、たらちねも「最強すぎ!」と衝撃だった様子。ただ、このような英雄的側面よりも、王として、一人の父親として思い悩む姿が印象的だったという。
「ヘラに対して侍女オルウィンが語る『大切なのは考えぬくこと。王には誰もいません。ヘルム王はいつもそうだった。一人で考えていた』という言葉が示すように、ヘルムは孤独な存在でその心象表現がよく描かれていました。彼は国のこと、民のことに真摯に向き合っていて、その使命感を一人で抱え込んでもいるんですよね。私利私欲で動くウルフとは異なり、自分を切り捨てて生きているように感じました。前線に立って戦いも指揮するし、ついていきたくなる王です。また、子どものことをすごく愛していて、ヘラに対しても優しいお父さんでした。そのなかで、王族としての在り方も示そうとしていて、適度な距離感を保ちながら接してきたんだろうなとも想像させます。意外と等身大の人間というか、親しみがあって好きなキャラクターでした!」。