2000年から早くも四半世紀!シネコンの隆盛、『アバター』による3Dブーム…映画界の25年のムーブメントを振り返る
フィルムからデジタルへの移行期となった2000年代
その全国3,653スクリーンのうち、3,602スクリーンで採用されているのが、従来のフィルムではない“デジタル”シネマ方式。『トイストーリー2』(99)が日本で初めてデジタル上映されたり、日本のシネコンとして初めてシネマメディアージュがデジタルプロジェクターを常設したりと、2000年を機に日本でもデジタル化が進んでいく。
このデジタル普及のきっかけとなったのがジョージ・ルーカスの存在。VFXとの親和性も高いデジタル推進派だったルーカスは、『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』(02)で全面的にデジタル撮影を実施。この成功によって、現在では当たり前となったデジタル化がハリウッドをはじめ、世界で飛躍的に進むこととなった。
『アバター』の大ヒットがもたらした3D映画ブーム
技術的な分野の話で忘れてはいけないのが、2010年頃の“3D映画ブーム”。その中心にいたのがジェームズ・キャメロン監督の『アバター』(09)だ。現在、日本の全スクリーンのうち約1/3となる1,124スクリーンが3Dに対応しているが、これだけ普及したのも『アバター』の存在があったからだろう。
“観るのではない。そこにいるのだ。”というキャッチコピーのとおり、没入感のある映像体験を生みだした『アバター』は、日本では実写洋画4位となる興収159億円の大ヒットを記録。世界でも最も稼いだ、映画史に残る1作だ。この結果も3D料金が加わっていることが要因の一つで、日本では3Dでの鑑賞が全体の80%以上だったとか。
『アバター』以前から3Dはあったものの、この成功により、『飛びだす 悪魔のいけにえ レザーフェイス一家の逆襲』(13)といった3D前提の作品も誕生、3D対応のソフトやハードが発売されるなど、まさにブームに。
その勢いが落ち着いてからもしばらくは大作洋画が3Dと2Dという2つの形態で公開されていたが、4DやIMAXなど新たなテクノロジー、フォーマットの勃興もあり、気づけば3D単体というのは存在感が薄くなっていた。