ゴールデン・グローブ賞授賞式直前!是枝&キュアロン監督も参加したシンポジウムで潮流を読む
この会話を聞いていたキュアロン監督は、「最初の撮影の時から希林さんは、彼女の役が死ぬことを知っていたの?」と質問。「海辺のシーンが、彼女が登場する最後のシーンになるということは知っていました。海辺で口元が微かに動くんですが、僕はセリフを書いていませんでした。『ありがとうございました』と、海辺で遊んでいる血のつながらない家族を見ながら呟くのは、希林さんのアドリブです。撮影中も気づかなくて、編集の時に『なんて言っているんだろう』と探ってみたら、感謝の言葉を呟いていた。そこから逆算して、家族の物語を考えていきました。脚本を書いてはいましたが、希林さんが脚本を完成させてくれたという感じです」と是枝監督は静かに語った。
カンヌ国際映画祭にてカメラドール(最優秀新人賞)ほか4冠を受賞している『Girl』は、バレリーナを目指す少年と父親の関係を描いている。ルーカス・ドン監督は「09年に会ったある親子が強い印象を与え、この映画を作りました。苦悩の中に幸せを求める彼女だけでなく、彼女のアイデンティティがどうであれ心から子どもの幸せを願う父親のあり方に、感銘を受けました。今まで映画やメディアで描かれてきた父親像は問題を抱えたものが多かったけれど、この映画の中の主人公と協力的な父親の関係が、実在する親子の関係、そして僕自身と父親の関係へのオマージュになっています。そして、LGBTQ映画で描かれる親子関係が問題を含むものばかりでないことに、大きな喜びを感じています」と語り、会場からは大きな拍手が贈られた。
今年の候補作にはプロの役者を使わずにフィクションを描いた作品が多く選ばれた。『万引き家族』の子どもたち、『ROMA/ローマ』で家政婦のクリオを演じたヤリッツァ・アパリシオは中学校教師、そしてバレリーナになることを夢見る少年と家族を描いた『Girl』の主人公は、役者ではなくプロのダンサーだ。レバノンの貧困地域で生きる少年が両親を相手取り、自分を生んだ罪で訴訟を起こす『Capernaum』の主人公は、シリア難民で演技初心者の12歳の少年が演じている。ナディーン・ラバキー監督は、「主人公の少年だけでなく、この映画に出てくる登場人物すべてが役者ではありません。すべての人が、それぞれの物語や悩み、表現方法を持って参加してくれました。私たちは撮影においてお互いを認め合う作業をし、監督の私が物語を作るのではなく、それぞれのやり方で表現できるよう監督が手助けしたまでだと思っています。私たちは全員が映画を撮るというミッションの一員で、全員がコラボレーターでした」と、リアリティを追求した演出方法について語った。
ゴールデン・グローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会は、ハリウッド映画を世界に伝えるために尽力してきた外国人記者たちによる組織だ。彼らが自国やその他の国から逆輸入でハリウッドに観て欲しい、知って欲しいと願う作品を候補作として選んでいるとすると、世界の映画業界で起きている変化の潮流を最も早く掴んだ作品だと言えるだろう。昨年のカンヌ映画祭でケイト・ブランシェットが総評で語った“Invisible”(可視化されない)というキーワードは、ここハリウッドにも届いている。ラバギー監督の言葉にあるように、それぞれの人生を背負い、それぞれの表現方法を持つ人々が彼らの体験をもって役柄を演じることによって、監督やプロデューサーが想像した物語は思いもよらないところに着地し、誰も観たことのない独特な作品となる。華やかな賞レースは勝者を選ぶだけではなく、映画という世界の現在を写すメディアの潮流を読む、格好な機会でもある。このシンポジウムからは各監督の演出意図や映画への真摯な思いがあふれ、連日のパーティで浮き足立ったハリウッドに映画の存在意義をいま一度突きつけたような気がした。
第76回ゴールデン・グローブ賞授賞式はロサンゼルス現地時間1月6日に行われる。
取材・文/平井伊都子