『IT/イット』「ストレンジャー・シングス」にも通ずる…80年代エッセンスに彩られた『ドクター・スリープ』の世界

コラム

『IT/イット』「ストレンジャー・シングス」にも通ずる…80年代エッセンスに彩られた『ドクター・スリープ』の世界

ここ数年、ハリウッドのエンタテインメント業界では、1980年代のポップカルチャーにオマージュを捧げた作品がいくつも作られている。その代表作はNetflixの超人気シリーズ「ストレンジャー・シングス 未知の世界」とスティーヴン・スピルバーグ監督の『レディ・プレイヤー1』(18)であり、荒唐無稽なアイデアとバイタリティに満ちあふれた80年代の青春映画やホラー映画のスピリットは今なお輝きを放ち、現代のクリエイターたちにインスピレーションを与え続けていると言える。また、ホラーの世界興収記録を塗りかえた大ヒット作『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』(17)や現在公開中のその続編は、ベストセラー作家スティーヴン・キングが1986年に発表した小説の映画化で、これまたホラー+ジュブナイルという80年代的要素の色濃い作品だった。

【写真を見る】鏡に映った“REDRUM”の文字が意味することとは?(『ドクター・スリープ』)
【写真を見る】鏡に映った“REDRUM”の文字が意味することとは?(『ドクター・スリープ』)[c]2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

S・キングを中心に巻き起こる“80's”ムーブメント

「ストレンジャー・シングス~」を世に送り出したダファー・ブラザーズが、モダンホラーの帝王たるS・キングから多大な影響を受けていることはよく知られており、『レディ・プレイヤー1』でもスピルバーグはキング原作の『シャイニング』を大胆に再構築して観る者を驚かせた。まさしくキングは、近年の80年代ブームを語るうえで外すことのできない重要人物と言っていい。80年代映画のリメイク/リブートが盛んに作られている昨今の流れに乗って、キング原作で1989年に一度映画化された『ペット・セメタリー』(19)も2020年初頭に日本で公開される。

そして、数あるキング原作のホラーの中でも最も有名であり、最も成功を収めた1980年作品『シャイニング』の続編『ドクター・スリープ』がこのたび11月29日(金)に公開となる。雪に閉ざされた山奥のリゾートホテルを舞台にした『シャイニング』では、ホテルに巣くう得体の知れない“悪意”に蝕まれた作家ジャック・トランスの狂気が描かれたが、その40年後の物語である『ドクター・スリープ』では、ジャックが引き起こした惨劇を生き延びた息子ダニーが主人公となる。中年になったダニー(ユアン・マクレガー)は今も少年時代の悪夢にうなされており、社会の片隅で孤独な人生を送っている。そんなダニーの前に彼と同じ特殊能力“シャイニング”を持つ少女アブラ(カイリー・カラン)が現れ、おぞましい事件に巻き込まれた2人はあの呪われたホテルへとたどり着く…。

呪われたホテルを再び訪れるダニー(『ドクター・スリープ』)
呪われたホテルを再び訪れるダニー(『ドクター・スリープ』)[c]2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

過去と現在がスリリングに交錯する『ドクター・スリープ』

ここで興味深いのは『シャイニング』がまぎれもなく80年代に作られたホラーでありながら、まったく“80年代的”ではないことだ。一度観たら忘れられないトラウマ級の恐怖を創出し、様々なホラー映画ランキングの上位に必ず顔を出すこの映画は、巨匠スタンリー・キューブリックの独自の映像美学が凝縮された“アート映画”でもあり、ホラー史上にそびえ立つオンリーワンの名作と認知されている。振動防止装置のステディカムを導入し、長回しの移動ショットを多用したキューブリックの演出や、美術などの細部へのただならぬこだわりは、ほとんど模倣不可能ですらある。

夫ジャックに斧で追い立てられる妻のウェンディ。このシーンも有名だ(『シャイニング』)
夫ジャックに斧で追い立てられる妻のウェンディ。このシーンも有名だ(『シャイニング』)[c] 1980 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

いかにもハードルの高い『ドクター・スリープ』のメガホンを執ったマイク・フラナガン監督は、賢明にも安易な模倣を避け、2013年にキングが発表した続編小説のストーリーを丹念に語ることに心を砕いた。双子姉妹の幽霊や鮮血があふれ出すエレベーターなどの『シャイニング』の強烈な恐怖イメージを随所に引用しながら、呪われたホテルの大規模なセットを建造して撮影を実施。その結果、演出のスタイルは明らかに異なっているのに、『シャイニング』で描かれた過去とダニーの現在がスリリングに交錯する“正統”なる続編が完成した。これはある意味、あっと驚く離れ業だ。

このシーンはまさか!?(『ドクター・スリープ』)
このシーンはまさか!?(『ドクター・スリープ』)[c]2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved
『シャイニング』で観覚えのある映像が意味ありげに映しだされる…(『ドクター・スリープ』)
『シャイニング』で観覚えのある映像が意味ありげに映しだされる…(『ドクター・スリープ』)[c]2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

キューブリックの名作を原点に新たなホラーに昇華!

しかも『ドクター・スリープ』では原作小説の世界観も踏襲し、前作で控え目に扱われていた“シャイニング”と呼ばれる特殊能力を大々的にフィーチャー。ダニーらを脅かす謎のカルト集団との多彩なサイキック・バトルが映像化されている。さらには、ダニーと共に恐怖との闘いという冒険に身を投じる新キャラクター、アブラは思春期の少女だ。要するに本作は、時代性を超越したキューブリックの名作を原点としながら、くしくも超能力やジュブナイルといった80年代的エッセンスに彩られたホラーに仕上がっているのだ!

大人になったダニーと卓越した“シャイニング”を持つ少女アブラ(『ドクター・スリープ』)
大人になったダニーと卓越した“シャイニング”を持つ少女アブラ(『ドクター・スリープ』)[c]2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

もちろん『シャイニング』を未見の映画ファンは、『ドクター・スリープ』鑑賞前に予習するのがベターだが、いきなり本作を観てキューブリックの伝説的な名作を“発見”してもいい。いっぽう、すでに『シャイニング』を鑑賞済みの映画ファンは、その絶大なる影響力を“再発見”する楽しみを得られるだろう。いずれにせよ約40年もの時空を超え、不滅の恐怖が甦り、新たな恐怖が渦巻く『ドクター・スリープ』は、このうえなくユニークな企画にして興味の尽きないホラー映画なのである。

文/下川秋男



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