ポン・ジュノ監督×細田守監督の相思相愛な対談が実現!『パラサイト 半地下の家族』の本質に迫る
「シノプシスを書いた段階では、エンディングがまったく見えない状態でした」(ポン)
ポン「故郷に戻って、自分の身体に密着している感がありました。『スノーピアサー』では26車両のセットを作ることで忙しく、『オクジャ』ではCGで怪物を作ることで忙しかったんです。でも、今回は自分と俳優にエネルギーに注ぐことができたので、しっかりキャラクターを作り上げ、人間の本質を深いところまで掘り下げることができました」
細田「『パラサイト』は、脚本の後半部分の粘りやドライブ感のようなものがすごかったですね。展開がひっくり返って、ひっくり返って、映画的に見事な着地をしていると思いました。このような脚本は、どのようにして書かれたんですか?」
ポン「シノプシスを書いた段階では、エンディングがまったく見えない状態でした。それだけでなく、貧乏家族が金持ち家族に“寄生”した中盤以降、なにが起こるかも見えませんでした。その後に、15ページ程度のストーリーラインを作ったのですが、そこでもエンディングが浮かばず、何年も机の上に置いたたままにしていたんです。脚本を書き始めても10ページ先がどうなるか分からず、劇中に出てくるセリフのように、『ノープラン』でした(笑)」
細田「僕はもともとソン・ガンホさんのファンなのですが、今回の貧乏家族のお父さん役も、とても魅力的なキャラクターでした。特にクライマックスの表情がすばらしかった」
ポン「私はソン・ガンホさんが父親役を演じることが前提だったからこそ、あのクライマックスを書けたと思っています。彼は観客を説得できる微細な表情を持っている俳優ですから。先ほど、細田監督が『シェードよりもリアルに表現できるものがある』とおっしゃっていましたが、ガンホさんの数ミリの顔の筋肉の動きがあったからこそ、リアルに表現できたシーンだと思います。そういえば、『おおかみこどもの雨と雪』の夕方のシーンで、窓際に立っている草平が若干アゴを上げた状態で話す姿を観て、私は鳥肌が立ったんです。あれはディズニーなど、アメリカのアニメーションでは見られない数ミリ単位での表現法ではないでしょうか?」
細田「そう感じてくださってうれしいです。あのようなシーンは顔の位置や目線によって、相手に伝わるイメージが変わってくるので、僕自身が役者さんになった感覚で、そのシーンに最も適した動きを選んでいます。そんなセリフのニュアンスだけじゃないことを、脚本や絵コンテを書きながら常に考えているですが、ポン監督もご自身で絵コンテを描かれていますよね?」
ポン「絵コンテも、ストーリーボードも、脚本の延長上にあると思うので、画は拙いですが、すべて自分で書いています。それが韓国の出版社から出ているので、なんだか漫画家になったような気持ちです(笑)。ただ、あまりに精巧にストーリーボードを書いてしまうことで、『俳優の芝居が拘束されてしまうかも?』ということは常に心配です」
細田「その心配は僕も同じです。一方、絵コンテをしっかり書きこむことによって、自分の思いをしっかり伝えたいですし、ジレンマです(笑)」
ポン「私の場合、役者にディレクションする時、さすがにミリ単位で修正をお願いできないじゃないですか。そのため、テイクを重ね、編集でいいバランスを見つけたものを使っているんです。だから、『パラサイト』は実際、俳優に頼るところが多かったと思います。細田監督は『ミライの未来』でも、長靴を脱いで階段を上がるような子どもの細かな動きや泣く時の表情もしっかり描かれていましたが、アニメーターの方たちと一緒に、子どもたちをかなり観察されましたよね?」
細田「僕は本来、アニメとは子どもを描くものだと思っているんです。日本のアニメの現在の傾向は、アイドル的な少女が出てくるものばかりになってしまい、描き手が実際の子どもを観察して描く経験が失われてしまったんです。だから、『未来のミライ』の制作にあたり、アニメの本質と相通じるようなモチーフを使って、しっかり映像を作るべきだということを話し合いました。幼い4歳の子どもからは世界がどのように美しく見えているかを描くべきだ!って」
ポン「『パラサイト』にも金持ち一家の8歳の子どもが出てきますが、この子役がとにかくリハーサル嫌いだったんですよ。でも、カメラを回すと、ワンテイクでOKという(笑)。劇中で、あの子が“匂い”について忌憚なく話すんですが、どこか子どもっぽくもあり、後半にはとても重要なキーワードになっていると思います」
細田「あの子どものキャラがいることで、さらにドキドキしながら作品を楽しめましたし、“匂い”を使ったことも、ポン監督の映画的な巧さを感じました。僕も『おおかみこどもの雨と雪』で“匂い”を使っているんですが、見えないのに、登場人物が『匂う』と言うことで、観客は勝手にそう感じてくれるので、とてもコストパフォーマンスがいい(笑)」
ポン「しかも、匂いは視覚でも感じることができますよね。私は『サマーウォーズ』で、大家族の食卓に並ぶご飯の匂いを感じました(笑)。『パラサイト』には、完全な悪人が登場しませんし、完全なヒーローも登場しません。登場人物はそれぞれグレーゾーンにいますし、ハッキリと善悪を区別できない話でもあります」
細田「どちらの家族も、敵と味方、上と下という関係性より、アニメやコミックのように、おもしろく魅力的に描かれていましたね。最後にあのようなことが起こるとは、観客は誰も想像しないでしょう。特にお互いの奥さんは、とても魅力的でした」
ポン「そんななか、クライマックスでは、おぞましい出来事が起きてしまう。この映画のテーマは『なぜ、そんなことが起きてしまうのか?』ということであり、私たちの日常でも起こり得る話なので、とても現実味のある映画になったと思います。現実には様々なレイヤー(層)がありますが、それを1枚でも多く描きたい想いで、この映画を作ったんです」
細田「本当にすばらしいですね。いまの世の中は『善人と悪人』『金持ちと貧乏』のように、物事をどこか単純化してしまう傾向が強まっている気がするんですよね。でも、決してそうじゃないということを映画を通して発信していくのは、いまのこの時世だからこそ、とても重要なことだと思うんです。誰もが持っている人間の本質の物語でもあるので、日本でも多くの方に観てもらいたいですね」
取材・文/くれい響