今年のパルム・ドール受賞作、ミヒャエル・ハネケ監督『アムール』がアカデミー外国語映画賞に王手!
『白いリボン』(09)に続き、第65回カンヌ国際映画祭で二度目のパルム・ドールを獲得したミヒャエル・ハネケ監督最新作『アムール』(全米12月19日公開)が第50回ニューヨーク映画祭で上映され、監督が同作について語った。
同作の主役は、パリのアパートで暮らす、教養ある80歳代の元音楽教師の老夫婦。妻アンの脳卒中をきっかけに、自宅で甲斐甲斐しく世話をする夫ジョージだが、ふたりは過酷な運命をたどっていくという愛と悲しみに満ちたストーリーだ。
夫のジョージを務めるのは、『男と女』(66)のジャン=ルイ・トランティニャンで、妻アンには第二次世界大戦時の広島を舞台にした『二十四時間の情事』(59)で日本にもゆかりのあるエマニュエル・リヴァ、そしてハネケ監督作『ピアニスト』(01)で、第54回カンヌ国際映画祭女優賞を受賞したイザベル・ユペールが、夫妻の娘役で出演している。
この映画を製作するに至ったきっかけとなったのは、「自分の周囲で日常に起こっていることだからです。特に、私の叔母が病気になり、苦しんでいる様子を実際に目の当たりにしました。年齢を重ね、病気になってしまうと、どうにか事態を乗り切ろうと思っても、どうにもならないことがあるんです」と語るハネケ監督が選んだテーマは、少子化問題が叫ばれる日本だけではなく、全世界に共通する普遍のテーマだ。
その生々しい現実を描くことによって、人間の奥深い心のひだが見事に描き出されているのは、もちろん巨匠の手腕によるところが大きいが、パリのアパートという密室で、老夫妻の日常生活が描かれている本作においては、御年81歳のジャンと、御年85歳のエマニュエルの演技力によるところが大きいだろう。
「ふたりとも素晴らしい俳優だというのはわかっていましたが、それぞれが素晴らしいというだけではなく、ふたりの相性も考えました。エマニュエルは、しばらくご無沙汰していたのですが、彼女にアンを演じてもらいたいと思っていました。そして、最初のオーディションで、『アン役はエマニュエル以外にありえない』と確信しました。脳卒中になって半身が付随になっていく様子や、裸でシャワーを浴びさせてもらうシーンなどがあるので、脚本を読んでもらった後に初めて打ち合わせをした時には、彼女はかなりナーバスになっていたんです。でも、『シャワーのシーンは、この作品の根本であり、カットすることはできない』と説明したら、わかってくれました。監督としてできることは、彼女の品位を損なわない、ということしかありませんでした」。
「アンが病気になる前の夫婦の関係については、特に描く必要もないし、あまり深く考えてもいません。特に、ふたりに対しても突っ込んだ話をしていません。あまりそこにこだわってしまうと、その後の演技に枠を作ることになってしまい、かえってその知識が邪魔になることがあると思っています。良い役者には必要のないことだと思います」と、ふたりの役者を絶賛した。
一方で、「鳩のシーンの撮影が一番大変でした。鳩はなかなかこちらの言うことを聞いてくれないからね」と撮影中の苦労話を語り、会場の笑いを誘った。
撮影方法については、「エンディングは最初から決まっていましたが、大事なのはエンディングではなく、プロセスなんです。だから、エンディングは最初に撮影し、後はプロセスを一つ、一つ積み重ねていくことでエンディングに結びつけていきました」。
「映画は見る人のイマジネーション次第」と、あまり自らの意図を語らないハネケ監督だが、随所で表現されるふたりの日常からは、ふたりのバックグラウンドが読み取れる。
金銭的な余裕があること、娘がいること。穏やかな愛に満ちている夫婦だったこと。そんな日常に、パリのアパートでは当たり前のことだという浸水や、窓から舞い込んだ鳩を必至に追い出すシーンを取り入れることで、決して大事件ではないが、脳卒中を起こす原因にもなり得るような、日常的に感じるストレスを取り入れている。そんな老夫婦の何気ない毎日の中で突然起こった出来事を静かに積み重ね、それと相反するように、ふたりの感情と、緊張感の高まりを見事に演出するという綿密な手法はさすがとしか言いようがない。
『白いリボン』では、第62回カンヌ国際映画祭パルム・ドールと第67回ゴールデングローブ賞外国語映画賞を受賞したが、アカデミー賞は逃しているミヒャエル・ハネケ監督。第85回アカデミー外国語映画賞ノミネートが確実視され、早くも受賞の呼び声が高い『アムール』で、今度こそオスカーを獲得してほしいものだ。【取材・文 NY在住/JUNKO】