堺雅人と山田孝之が語る『その夜の侍』の泥沼撮影秘話「パンツまで濡れた」
堺雅人と山田孝之という日本映画界を牽引するふたりが、スクリーンで火花を散らす!その映画が、劇作家・赤堀雅秋による自身の戯曲の映画化作品『その夜の侍』(11月17日公開)だ。“侍”とつくが、時代劇ではない。ただ、ひき逃げされた妻の復讐を図る夫と、非情で最低人間の犯人が対峙するシーンは、侍どうしの一騎打ちに匹敵するくらいの熱を帯びている。意外にも初共演となった堺と山田にインタビューし、壮絶だったという現場の撮影秘話を聞いた。
堺は、復讐の炎を燃やす主人公の中村健一役を演じるうえで、赤堀監督から「ジレンマの極致で終わらせたい」とリクエストされた。「こうすれば良いという答えを見つけた時点でそうじゃないってことなんです。かといって、赤堀監督は葛藤とか、簡単な言葉では終わらせたくなくて、よくわからない、もごもごしたところをやりたかったような気がします」。一方、全く反省の色がない冷徹な木島宏役を演じた山田は、「映画を見て、全てのことに違和感を感じたというか、木島がここまで行き切ったヤツだったのかと、改めて思いました」という感想を口にした。
中村と木島が台風の豪雨の中で格闘するシーンが圧巻だ。堺は「山田くんとの共演シーンはずっと楽しみにしていて、嬉しいという思いがあったけど、その時はそれどころじゃなかったです」と苦笑い。そのシーンは二夜かけて撮った。堺が「一日目ってどこで終わったっけ?」と山田に振ると、「いやー、覚えてないです」と答える山田。堺は「10月の中旬で、結構寒くて。パンツまで濡れた時点で何かが切れました。パンツの上に何かやっておけば良かった(笑)。これから、こういうシーンを演じる人にアドバイスをしたいくらいです」と言うと、山田も「確かに。パンツが濡れるって、そうそうないですから」と苦笑い。
長回しのカメラが、劇中での最大の修羅場を容赦なく映し出す。豪雨で地面は泥々だ。堺は「あそこで本当はあと二歩くらい歩く予定だったけど、一歩目から足を取られました。それを見た時、赤堀さんが嬉しそうな顔をしたんですよね」と笑う。山田も「リハーサルで走った時はまだ土が乾いていたんですが、本番では泥でぐちょぐちょで。靴の中まで水が入り切り、沈むところは10cmくらいまで沈みました」と激白。
ふたりがもみ合いになるアクションは全部決まっていたが、堺は「リアルにぬかるんでいたので、プロの人がお手本を見せる時点で、疲れ果てていました」と振り返る。山田も「泥がすごく目に入りましたよね」と思い出したようにつぶやくと、堺も「入ったねー」とうなずく。「仰向けになって雨が入ってくると、鼻で息ができなくて。これをやっていたら、2分間は息ができないなって思いました。雨を降らす方も大変だったんじゃないかな。助監督もびしょ濡れでしたし」。
そんな壮絶なシーンを終えた後の達成感について聞いてみた。山田は「あのシーンについては達成感が全くないというか、そんな余裕すらなかったです」とのこと。「達成感って、たぶん余力が0.1でも残っていればあると思うんですが、かなり早い段階で0まで行っていたので、そんなものはなかったです。今度、是非やってみてください(笑)」。堺も微笑みを浮かべながら、「結構大変なシーンでした。でも、混乱した現場で、信頼しながら一つのものを作れたという意味で、今となって共演者が山田くんで良かったなと思えます」と語ってくれた。
冒頭から、くだんのクライマックスに至るまで、緻密なストーリーテリングにぐいぐいと惹きつけられていく『その夜の侍』。何よりも堺雅人と山田孝之の圧倒的な俳優力に魅せられる。この演技対決はスクリーンで見るに値する。【取材・文/山崎伸子】