50歳で監督デビュー。異色作『人数の町』を世に問う荒木伸二、最も“近い”批評家との対話【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

インタビュー

50歳で監督デビュー。異色作『人数の町』を世に問う荒木伸二、最も“近い”批評家との対話【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

宇野「吉田恵輔監督の作品に、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』っていう脚本スクールを題材にした映画があったじゃない?あの作品での描写は結構リアルなものに感じたけど、実際にあんな感じ?」
荒木「うん、大体あんな感じ。生徒にはすごく若い人もたくさんいるし、僕よりも年上の人もいるし。決められたテーマで書いた10分の物語の脚本を、生徒みんなの前で音読するのが授業。それが、マゾヒスティックに楽しくて。これまで生きてきて、こんなに恥ずかしいことってないよなって。前の晩に一所懸命書いた脚本が、人前で読み始めて3行目くらいで『これ絶対おもしろい』って思う時と、『ああ、失敗したな』と思う時があって。自分ではいつもおもしろいと思って書いてるんだけど、そうやって人の目や耳に触れると、もう3行でつまらないものはわかるの。それってすごく興味深い現象だなって思ったりして。ただ、そこにずっと通ってても時間がもったいないなって思うようになった」

「映画というフォーマットに異常に執着がある」と語る荒木監督
「映画というフォーマットに異常に執着がある」と語る荒木監督撮影/河内 彩

宇野「どうして?」
荒木「やっぱりそういう学校は、基本的にはテレビドラマの脚本を念頭に置いてるんだよね。でも、自分はやっぱり映画というフォーマットに異常に執着があるから。それで、脚本をたくさん書いて公募に送りまくるようになった」
宇野「結構、片っ端から賞は獲ってたよね」
荒木「獲ったのは、テレビ朝日21世紀シナリオ大賞(優秀賞)、シナリオS1グランプリ奨励賞、MBSラジオドラマ大賞(優秀賞)、伊参スタジオ映画祭シナリオ大賞(2016年に伊参スタジオ映画祭スタッフ賞、2018年に審査員奨励賞)。伊参スタジオ映画祭は群馬にある映画祭で、脚本賞のグランプリだと映画を撮るためのお金をもらえる。ま、潤沢ではないんだけど」
宇野「いくら?」
荒木「短編だと50万、中編だと100万円。50万や100万で映画を撮ることがどれだけ大変なことかっていう話でもあるんだけど」
宇野「そりゃそうだよ!」
荒木「短編はともかく、長い作品だと特にね。だから、わりとみんな自分でも資金出して撮ったりするんだけど、あとロケ地の手配とか宿泊施設とか無料で貸してくれたり、一応、作ったら公開まで主催側がいろいろ手伝ってくれるんだよね」

『人数の町』の脚本は第1回木下グループ新人監督賞の準グランプリを受賞した
『人数の町』の脚本は第1回木下グループ新人監督賞の準グランプリを受賞した[c]2020「人数の町」製作委員会

宇野「『人数の町』の脚本は第1回木下グループ新人監督賞の準グランプリを受賞したわけだけど、そもそも、木下グループ、つまりキノフィルムズは、どうして脚本と企画書で監督を発掘するという枠組みを考えたんだろう?」
荒木「応募条件的には、脚本は他の人でもいいってルールなんだけどさ、過去作の提出はあればって書き方がね、僕的には渡りに船で。よし、企画と脚本で監督までいけるぞって。普通ほら監督募集は過去作、ショーリールが肝になるから。自分はそこがとても薄いわけで」
宇野「日本映画もある時代まではハリウッドのように監督と脚本家の分業制が当たり前のことだったわけだけど、近年は特にインディペンデント作品だと監督兼脚本の作品が多いよね。ただ、自主映画ならまだしも、商業映画としてはそのことの功罪もあると思うんだけど」
荒木「うーん、もしかしたらキノフィルムズが考えていたこととは違うかもしれないけど、僕はヨーロッパ的な “ライターディレクター”を念頭に置いた賞なのかなって勝手に思っちゃった。一緒に脚本のディべロップをしたキノフィルムズのプロデューサーたちは海外の映画祭慣れしている人だったし作家性をとても重視してくれた。『荒木さん、もうちょっとわかりやすくならないですか?』みたいなことは一度もなかったし」
宇野「最近だとヨルゴス・ランティモスとか、リューベン・オストルンドとか、ロイ・アンダーソンとかそういう方向性?」
荒木「そうだね。アメリカで言うとウディ・アレン、最近だとノア・バームバックとか、グレタ・ガーウィグとか。あるいはポン・ジュノとかイ・チャンドンとかホン・サンスとか、ヨーロッパの映画祭でウケるタイプの韓国の映画作家でもいいけど。少なくとも、自分の意識は完全にそっちのほうにあった」
宇野「なるほど。狭義の“映画作家”ってことね」
荒木「コマーシャルやミュージックビデオの監督をしてると、『映画の監督をしませんか?』みたいなことってわりとあるらしい。自分は監督ではないからないけど。で、そこにもいろいろな道があるわけだけど、やっぱり自分の脚本を映画にするってなると、自腹1000万みたいな感じになっていくことが多いみたいで」
宇野「『人数の町』の製作費は?」
荒木「公募時の条件としては上限5000万、多分上限まで使ってると思う」
宇野「それでも、ハリウッドはもちろんだけど、海外の一般的な作品と比べてもかなり少ないほうだよね?」
荒木「でも、実際にやってみて、そういう問題じゃないってことがよくわかった。例えば一人で一生懸命お金を集めて1000万で映画を撮ると言っても、それは1000万で映画を撮るだけじゃない?でも、キノフィルムズが5000万を出してくれるというのは、彼らの知見やコネクションをフィーで換算したら、とてもじゃないけどその予算じゃできないことまでできるわけ」
宇野「そうじゃなきゃ、映画界でなんの実績もない新人監督がいきなり中村倫也や石橋静河なんていう、そんな旬すぎるキャスティングはできないよね」

緊迫感あふれる画がスクリーンを支配する『人数の町』(公開中)
緊迫感あふれる画がスクリーンを支配する『人数の町』(公開中)[c]2020「人数の町」製作委員会

荒木「もちろんもちろん。キノフィルムズのプロデューサーが中村さんの事務所や中村さんに、こういう賞を始めて、こういう作家を育てようとしていてって、そうやって企画の趣旨を説明して真摯に口説いてくれてるんだと思う。仮に自分が5000万用意できるとしても、そんな場にいきなり立てるわけないんで。それは石橋さんについても、他のキャストの方々についてもそう」
宇野「今作のキーパーソンでいうと、中村倫也、石橋静河、あと撮影監督の四宮秀俊。いずれも、日本映画の未来を背負うような才能なわけじゃない?最初に撮影が四宮さんに決まったって君から聞いた時、思わず『マジで?』って耳を疑ったくらいで」

四宮秀俊が撮影監督を務める『ミスミソウ』(17)
四宮秀俊が撮影監督を務める『ミスミソウ』(17)[c]押切蓮介/双葉社 [c]2017「ミスミソウ」製作委員会


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