50歳で監督デビュー。異色作『人数の町』を世に問う荒木伸二、最も“近い”批評家との対話【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】
宇野「でも、今回の『人数の町』の仕上がりを観て、『この原作の映画化をお願いします』ってオファーが舞い込むことは大いにあると思うよ。君のキャリアだけを見れば、ずっとコマーシャルを作ってきて、受け仕事がなんたるかもよくわかってるはずの大人なわけだし」
荒木「いや、コマーシャルは受け仕事が前提だし、例えばテレビドラマも受け仕事で全然いいと思うんだけど…多分、自分にとって映画は宗教みたいなものなんだよね」
宇野「『きっと次も撮れるね』って言ったのは撤回しておく(笑)。でも、それは他に食い扶持を持ってる人間の強さだから、今後も最大限活かしたほうがいいとは思うよ」
荒木「受け仕事が悪いなんて全然思ってないし、そこから生まれるいい映画もたくさんあるのはわかってるけど、今回とても恵まれた環境で作品を作ることができて、この取材をやってるのは作品の公開前だから、まだそこまで想像できてないんだと思う」
宇野「でも、50歳まで周囲の言いなりになるんだったら別に映画は作らなくていいと思ってきた一方で、これまで一度も映画を撮りたいっていう強い気持ちが消えたことはなかったでしょ?」
荒木「うん。『ほかに大事なことがない』っていうのが本音です。だから、これまでは『大事じゃない人生を生きてきた』って感じ。あ、映画教の信者としてはだよ(笑)」
宇野「そっか。じゃあ、やっぱり撮り続けないとね。今回、恩師の蓮實重彦も推薦コメントを寄せているわけだけどーー」
荒木「蓮實先生とは、大学を出てからは一度もお会いしてなくて。僕は大学で先生の授業を受けていて、そのままいってたら卒論の担当教官は蓮實先生だったんだけど、休学してフランスに行って帰ってきたら、蓮實先生は大学で総長になられていて。そこで一度、作品を提出し損ねたような思いがあったの」
宇野「そんなタイミングだったよね」
荒木「だから、蓮實先生にどうしても『人数の町』を観ていただきたくて。でも、コロナのこともあって最近はなかなか試写にいらっしゃることもないみたいで、ご自宅にDVDをお送りさせていただいて。しばらく連絡がこなくて、『そりゃ、そんな簡単に観てくれないよな』って思っていたら、ある日、ぶわーっと作品の感想を書かれたメールが届いて、そこに『新人と言っていいんですよね? 驚くほど、いや呆れるほど堂々と撮れている』とか書いてあるわけ。もう、こっちは気が動転するわけですよ。30年会ってなかった巨人みたいな方から急にメールをもらって。それで、すぐキノのプロデューサーに連絡、それでも気持ちが収まらず君にもLINEしてーー」
宇野「『コメント、死ぬ気でとりにいけ!』って(笑)」
荒木「いや、その前に『返事はちゃんと手紙で返せ』って言われて。それでこっちは『メールでこのまま返信しちゃいけないのかな?』ってすげえ悩んだんだよ。で、どうしようか悩んでたら、翌朝、携帯に知らない番号から電話がかかってきて。人ってそういう時、勘が働くじゃん。日曜の朝だったんだけど、妻や子どもがいる前で、思わず直立不動になって電話をとって(笑)、そこから自分の部屋に閉じこもって、とにかく『なるべく長く話そう』と。そこでいろんな話をさせていただいたんだけど、『正直、君の顔をはっきりと覚えていないのだが』って衝撃発言もありつつ(笑)」
宇野「(爆笑)」
荒木「『ほぼ同期で、学生時代に一緒に映画を作っていた豊島(圭介)くんや堀(禎一)くんと混同されてるのかもしれません』みたいな話もして」
宇野「当時自分も撮影の手伝いとかしてたけど、これで、そこで一緒にやってた3人が3人とも映画監督になったわけだから、びっくりしちゃうよね」
荒木「そうだよね。それで、蓮實先生にコメントをお願いして快諾していただいたんだけど、最初の1行に『ヒロイン石橋静河の登場まで時間がかかりすぎる脚本上の欠陥にも拘らず』って書いてあって(笑)」
宇野「俺も最初に同じこと言ったじゃん!」
荒木「そうなんだよ。いや、石橋静河さんの最初の登場シーンは、編集で一番何度もいじったところで。彼女が早い段階で画面に出てきちゃうと、あの“町”のぬるい感じが全然出ないの。序盤で作品の緊張感が高まっちゃうから。そこまではあの“町”のぬるさをお客さんに楽しんでいただいて、始まってから36分で登場するっていう。それは、30分でもダメだし、40分でもダメだし、自分としては数えきれないほど試行錯誤して出した結論なんだけど、どうして蓮實先生も君もそのことをまず言うのかって、頭抱えちゃうんだけど。でも、ちょっと考えたらその理由は明らかで、『石橋静河のファンだから』じゃないかな(笑)」
宇野「(笑)。あと、中学生の頃から君の家に入り浸ってご迷惑をおかけしていた立場として、お父さんの荒木伸吾(『あしたのジョー』『デビルマン』『バビル2世』『ベルサイユのばら』『聖闘士星矢』などの作画で世界的に知られているアニメーター)さんのことについてもちょっと触れていい?自分の知る範囲では、作品への直接的な影響は受けていないと思うんだけど」
荒木「試写で『中村倫也が魅力的に撮れている』とか言われると、父は美形キャラの人だったんで、僕もどこかでそれを継いでいるところがあればいいな、みたいなことは思うけど。父が死んだ時に手塚るみ子さんが声をかけてくれて、『被害者の会』っていう、要は偉大な親を持つ二世の集まりに参加してみたのよ。手塚治虫さんとかちばてつやさんとか藤子不二雄さんとかのご子息って、なかなか同じような想いを共有できる人がいないので、その場で色々分かち合ったりしてるんだけど。皆さんの話はとてもおもしろいし、大変そうだとも思うんだけど、父は原作者ではなくアニメーターだったから、著作権管理の大変さとかはないし、『お前もアニメーションやらないか』って言われたこともないし、そこに引きずり込まれなかったことにはすごく感謝してる。でも、やっぱり初めての監督作を観てもらいたかったな、って想いは強いよ。きっと観てくれたら、『なんの話だこれは?』とは思っただろうけど、なにかしら感じてくれたとは思うんで。やっぱりね、自分の作ったコマーシャルをいくら見てくれていても、そういう充実感はなかったんで」
宇野「監督デビューが遅かったことで唯一心残りがあるとしたら、そこかもしれないね。自分が『人数の町』を観て感心したのは、ここには君の思想はちゃんと入ってるけど、君のテイストみたいなものが全然入ってないことで。君がこれまでどんなものを好きなのかは大体知ってるけど、君が好きなものがなにも映っていないところがとても潔いし、2010年代以降の世界標準の映画だなって思った」
荒木「そこに関しては、君からの影響もある」
宇野「そうなの?」
荒木「だって、中学の頃から一緒にいて、レオス・カラックスとかビースティ・ボーイズとかストーン・ローゼズとかが登場した時には一緒に夢中になって追っかけて。人って、若い頃に強烈に好きなものができたら、それを愛でながら生きていったりするじゃん。でも、君は音楽や映画を仕事にする前も、仕事にしてからも、過去に好きだったものをどんどん捨てて、いつもバカみたいに新しいものだけを追いかけ続けてるじゃない?」
宇野「別に捨ててないよ(笑)。新しくて最高のものが目の前にあるのに、古いものについてわざわざ書いたり語ったりしたくないってだけで」
荒木「でも、『フランク・オーシャンやソランジュを聴かないとか、マジでいまの時代に生きてる意味ないでしょ』みたいな勢いでいつも夢中になって話してて、こっちはちょっと頭にきながらも、影響されて作品を繰り返し聴いてるうちに、気がつけば自分にとっても人生のベスト・レコードの1枚みたいなことになってて。そういうことの積み重ねから、好きなものに囲まれて心地よく生活するんじゃなくて、新しいものと出会っていこうと思ったし、いまこの世界で起こってることに自分なりに真剣に向き合った、『人数の町』のような作品を作ることができたっていうのはあるよ」
取材・文/宇野維正