50歳で監督デビュー。異色作『人数の町』を世に問う荒木伸二、最も“近い”批評家との対話【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

インタビュー

50歳で監督デビュー。異色作『人数の町』を世に問う荒木伸二、最も“近い”批評家との対話【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

荒木「四宮さんは、どんな監督とやっても必ずなにか特別なものを残していて。最近だとやっぱり『きみの鳥はうたえる』(三宅唱監督)が話題になることが多くて、もちろんあの作品でも見事な仕事をされてるんだけど、例えば『ミスミソウ』(内藤瑛亮監督)とかも、僕はホラーが苦手だから手で顔を覆いながら観たんだけど、もうビシビシきちゃって。“緊張感”っていうと凡庸な表現になっちゃうけど、本当に画面から彼の持つ感性が伝わってくる撮影監督で。それと、4人目のキーパーソンを挙げるなら山中聡さん。作中で“ポール”とか呼ばれてる役で、ツナギとか着てるし、演出的には一番不安な役だったんだけど、それを見事に演じていただけて。中村倫也さんに初めて挨拶に行った時も、最初に『ポールは誰が演じるんですか?』って訊かれたの。ポールがヤバかったら映画として成り立たないってことをきっと中村さんもわかっていて、それで『山中聡さんに決まりました』って言ったら、とても安心してくれた」

ポール役の山中聡は、本作4人目のキーパーソンとして挙げられた
ポール役の山中聡は、本作4人目のキーパーソンとして挙げられた[c]2020「人数の町」製作委員会

宇野「制作プロダクションのコギトワークスは、これもキノフィルムズの采配?」
荒木「そう」
宇野「君はCMを何十年も作ってきたわけだけど、そこでの制作プロダクションとの付き合いとかも当然あるわけじゃない?」
荒木「そうだね。特に近年は、もともとCMを作ってきた会社で、映画の制作に乗り出しているところも多い。僕が普段一緒に仕事をしているプロダクションにもそういうところはあったんだけど、キノフィルムズのプロデューサーを信頼してコギトワークスと作ることにしたの」
宇野「君がプランナーとしてCMを作っている時は、自分でプロダクションを選んだりもするわけでしょ?」
荒木「うん。ただ、それって発注権を持つことになるので、すごく危険なことでもあるんだよね。そこで気心の知れた人たちと、『○○ちゃんよろしくね』ってやる選択肢もあったわけだけどーーあ、僕は『ちゃん付け』で人を呼んだりはしないんだけどね」
宇野「それはどっちでもいいよ(笑)。いや、結果的に本当にちゃんといい映画が撮れてるんだけど、それはどうしてだと思う?もちろん、すばらしいスタッフに恵まれたってことが大きいのはわかるんだけど」

50歳にして監督デビューを飾った荒木伸二監督
50歳にして監督デビューを飾った荒木伸二監督撮影/河内 彩

荒木「本当によく僕みたいな人間にいきなり撮らせたって思うよ。普通に考えて、頭おかしいんじゃないかって」
宇野「だって、プランナーだもんね。ミュージックビデオは撮ってるけど、コマーシャルではプランナーだから、自分で撮ってきたわけじゃないもんね」
荒木「クランクインの前日になって、『明日、「よーい、スタート」とか言うんだ。恥ずかしいな』って急に思ったぐらいだからさ。ただ、『どうして撮れたか』って質問に真面目に答えるなら、自分のこれまで知っているやり方で一切やろうとしなかったってことかな。これまでコマーシャルの世界で学んできたことは何一つ活かさないようにしたし、そこで知り合った人は現場に一人もいなかった。面識があったのは役者さん一人だけでそれも芝居観て知ってただけで、あとは全部今回初めて会った人たち。で、とにかく周りのスタッフに質問しまくって。『この後、どうするんですか?』って聞いて回った。プロデューサーは、現場の進行のさせ方とか、そういうあまりにも当たり前のことは教えてくれないから。あらゆる局面で『監督ってこういう時どうするんですか?』って聞いて、現場ではすっかり『この人は聞きまくる人だ』って認識されて。あらゆる作法について、現場のみんなに教えてもらった」
宇野「でも、『この人は聞きまくる人だ』って最初にキャラ付けしてもらえたら、なんでも聞けるから楽だよね」
荒木「それを狙ってた。『そこまで知らないことはないだろう』っていうことまで聞いていったからね。本当にあらゆる人に『ほんとになにもわかってないんで、なんでも言ってください』って挨拶して。実際、すごく若い現場で、僕が2番目か3番目に年上だったんだけど、『僕は1年目なんで、皆さんよろしくお願いします』って」
宇野「もうウザいぐらいな感じで(笑)」
荒木「本当にそう。あと、危険なのは、そうやって気をつけてないとコマーシャルの現場を思い出しちゃうの。いまって、映画もコマーシャルも機材的にはまったく同じカメラ、まったく同じライトで撮っているから。クランクアップした後、親しくさせていただいている吉田大八監督と飲みに行ったんだけど、そこで『ゴールキーパーがフォワードやったみたいなものですね。おつかれさま』って言われて。それはなかなか怖い言葉でさ。『大丈夫ですか?あなたは手を使わなかったですか?』ってことだから」
宇野「『コマーシャルの世界で学んできたことは何一つ活かさないようにした』って言ってたけど、これまで何十年もアホみたいにたくさん観てきた映画についても、もしかしたらそういう感じだったんじゃない?直接的なレファレンスだとか、構図の引用だとか、そういうことは考えなかったんじゃないかなって」
荒木「そうだね。もちろん、これまで観てきた映画は自分の血となり肉となっているわけだけど、引用みたいなことは全然考えなかったな。ただ、クランクインの前に四宮さんとスティーヴン・ソダーバーグの『ガールフレンド・エクスペリエンス』なんかを一緒に観ながら、『ほら、ここでカメラ寄らないでしょ』とか、『いまなんか隠したけど、観客は別にそれを気にしてもしなくても自由なんだ』とか、そういうところを確認し合いながら、画面の中で『これを観るべきだ』っていうことを示すのはやめようって話はした」

2009年、『ガールフレンド・エクスペリエンス』プレミア時のスティーヴン・ソダーバーグ監督
2009年、『ガールフレンド・エクスペリエンス』プレミア時のスティーヴン・ソダーバーグ監督写真:SPLASH/アフロ

宇野「観客を信頼してるというより、いい意味でほったらかしにしてるくらいのクールさは、他の日本映画にはなかなかない『人数の町』の特徴だね」
荒木「観客にできるだけ能動的に映画から情報を取ってもらいたくて。そのためにも、とにかくカメラを寄らないようにってことを四宮さんに共有してもらって。でも、試写が始まっていろんな人の感想を聞くようになると、『なんでもっとわかりやすくしておかなかったんだろう?』って思ったりもしたけどね。そうしとけば、人に観てもらうことにこんなにドキドキしないですんだのにって」
宇野「そこは作り手としてのせめぎ合いだよね。とにかく『人数の町』は監督1作目なのに、かなりハイレベルなところを目指してるのがわかった」
荒木「でも、いざ撮影に入ったら、コントロールの効かないことばかりなんだなって。今回思い知ったのは、撮影に入る前に撮影監督や役者とどれだけ話せたか、どれだけ有効なメモを渡せたかっていうのが、いかに大事かっていうことで。仮に今作よりも予算のある作品を撮らせてもらうことができたとしても、自分にとってそこは変わらないところだと思う。もし話が通じない役者さんといろんな事情で一緒に仕事をすることになったら、そこですべてが崩壊するんじゃないかって。そういう意味で、映画ってスタッフを含めたキャスティングがすべてとすら思うようになった」

モデル出身の立花恵理は本作で映画デビューを飾った
モデル出身の立花恵理は本作で映画デビューを飾った[c]2020「人数の町」製作委員会

宇野「まあ、そういうことは、日本の映画界で監督を続けている人にとっては全然ありえることだろうしね。本編じゃなくても、例えば『エンドロールで○○の曲をタイアップで使ってください』とか言われて、全然好きでもないアーティストのよくわからない新曲を押し付けられたりとかさ。友人だから言っちゃうけど、そんなの絶対に無理でしょ?」
荒木「『それだったら自分は映画を作らないほうがいい』っていう考え方でこれまで生きてきたからね。映画を生活の糧にすることで作品や自分がボロボロになるんだったら、撮らないほうがいいって。だからさ、誰かに『ずっと映画監督になりたかったんですよね?よかったですね、50歳で映画監督になれて』って言われても、『別に映画監督になりたかったわけじゃないんです。自分は撮りたい映画を撮りたかっただけなんです』って答えるしかない」



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