公開中『星の子』でますます冴えわたる大森立嗣の演出術。その“捉えにくさ”を捉える【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

インタビュー

公開中『星の子』でますます冴えわたる大森立嗣の演出術。その“捉えにくさ”を捉える【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

宇野「少なくともある時期までは、そこをあえて避けてきたようにも見えます」
大森「それはね、避けてきたというか…。映画作りって、本作りから公開まで期間が長いじゃないですか。その長い期間をちゃんとつきあえる作品っていうことでいくと、自然とそうなっていくんですよね。自分で企画を選んできた気もあまりなくて。『日日是好日』と『星の子』は吉村(知己)さんというプロデューサーとやっていて、俺が企画を出したわけではないので、やっぱりちょっと他の作品とは色が違うなというのはわかるんですけど。でも、『このくらいの引き出しは余裕であるぜ』という気持ちもちょっとあってね。だから、自分としては、なにかを変えた気分はないんですよ」

大森立嗣監督
撮影/河内 彩

宇野「大森監督の作品は、日本社会の中のアウトサイダーを描くことが多いじゃないですか。今年の『MOTHER マザー』も『星の子』もそうですし。でも、『日日是好日』はそうではない作品ということもあって、多分、これまで大森監督のことを全然知らない観客もたくさん映画館に押しかけたんじゃないかなって」
大森「でも、(『日日是好日』で描いた)お茶室というのも、社会との接点がない場所なんですよ」
宇野「ああ、なるほど。お茶室という場所自体が社会の外側にある場所だと」

『日日是好日』より
『日日是好日』より[c]2018「日日是好日」製作委員会

大森「そう。自分があの企画でおもしろいなと思ったのは、そこの部分で。まあ、実はその場所にはとても多くの人がいて、だから日本でもヒットしたんだろうし、海外の観客もそこにエキゾチックな興味を見出してくれたんでしょうけど」
宇野「例えばーーこれは実際に知り合いにそう言った人がいるんですけどーー『MOTHER マザー』を観て『どうしてこんな救いのない映画を作るんだろう?』って思う人もいるわけじゃないですか。あの作品は原作ものでもなくオリジナル作品だったわけですが、『どうして映画を観て、わざわざ2時間つらい思いをしなくちゃいけないのか』と」
大森「そういう人がいるのはわかるんです。でも、自分の記憶でいくと、やっぱり原一男の作品を見た時の衝撃って一生忘れないんですよ。今村昌平の映画もそうですけど。そういう作品を若い時に観た記憶が、大事なものとしてずっと残っているので。映画を作るのってけっこう大変なことだから、どうせ作るなら、そういう人の記憶に残る映画を作りたいという気持ちがあるんですよ。ただ消費されていく、忘れられちゃうものよりも。映画の歴史には、そういう映画の枠がずっとあるじゃないですか。だから、やっぱり歴史が自分にそうさせてるのかな。『MOTHER マザー』なんて、『やりたい』って言ったって、普通はできないような企画ですもんね。あんなキツい話。でも、きっと記憶には残るよね」

長澤まさみが、息子と共に社会の闇へと堕ちていく母親を演じた『MOTHER マザー』
長澤まさみが、息子と共に社会の闇へと堕ちていく母親を演じた『MOTHER マザー』[c]2020「MOTHER」製作委員会

宇野「ある意味、観客のトラウマにしたい?」
大森「そういう欲求はありますね。デビュー作の頃からそうでした。そういう映画を撮っていきたいな、と」
宇野「例えば原一男や今村昌平の作品は、日本が高度成長期で、社会全体が上向きになっている時代に、地べたを這いつくばって生きてる人間、忘れ去られていく人間を描くという大義があったように思うんです。でも、いまはその時代とは違って、地べたを這いつくばっている人間が普通に視界にいるというか、そもそも日本で映画を作ってる人たちが地べたを這いつくばってるようなところもある。今回のコロナで、そういう強烈な格差社会はさらに加速していくだろうとも言われている。株価だって一瞬落ちてもすぐに戻ったし、都心の地価なんて全然下がらない、でも、日々の生活に困っている人はどんどん増えている。日本映画に限らず、映画の歴史の中でそういう枠があるというのはわかるんですけども、2010年代、2020年代の日本において、そういう対象を描く理由はどこにあると思いますか?」
大森「高度成長期と現代の対比についてはまったくその通りだと思いますが、現代ってより異物を排除していく社会になっていっていると思うんです。仲間内の同調圧力みたいなものがより強くなっていて。Twitterでも、認められないなにかを見つけたらそれを徹底的に排除していく。自分は、そういう状況に対してすごく苛立ちが強くて。人間が活き活きしている、本当に魅力的でいられる場所っていうのは、どこか規制が外れちゃったようなところなんじゃないのかなって想いがあるんですよね。だから、これまでも自分の作品でわりとアウトサイダー的な人を取り上げてきた。『MOTHER マザー』の主人公も『タロウのバカ』の主人公もそうですけど、そういう人たちを逆に俺たちはどうやって見つめていくのかってことの方に興味があるんですよ。そういう人たちをちゃんとすくうことができる社会、“すくう”というのは“救う”じゃなくて“掬い上げる”の“掬う”ってことですけど。そういう人たちを描くことで、もう少し世の中が豊かになっていけばいいなと思うんだけど」

『タロウのバカ』より
『タロウのバカ』より[c]2019 映画「タロウのバカ」製作委員会

宇野「むしろ社会全体は貧しくなってますよね」
大森「そう。映画監督になることを目指していた、2000年代頭の頃はあまりそういう世界じゃなかったと思うんだけど、勝手に社会がどんどんそうなっていって、なんか自然とアウトサイダーを描くことが多くなってきた。それが時代と合ってるのか、合ってないのかはよくわかんないだけど、実感としてはそんな感じですね。時代の中で自分がなにかを主張したいとか、そういうのじゃないのかもしれないですけど」
宇野「もっと個人的な欲求に基づいている?」
大森「そう。だから、結果的に自分がいま作っているものが、社会とマッチしちゃうこともあるんだろうなって。むしろ自分から時代に合わせていくと、絶対に間違うと思うんですよね。自分が吸っている空気とか、肌で感じているものとかが、自然と作品になっているだけだから。まあ、仕事がなくなった時は、俺が時代とズレちゃったのかなと思うだけですね」
宇野「でも、日本映画の歴史の一部分を引き継いでいるという自覚みたいなものはある?」
大森「いや、自覚ってほどのものはないんです。映画監督で最初についた組が阪本(順治)監督だったんですけど、彼が丸山昇一さんの脚本で作ったりとか(『カメレオン』『行きずりの街』)、『仁義なき戦い』(『新・仁義なき戦い』)をやったりとか、俺はそれを横で見てきたわけだけど、ぶっちゃけ自分はそういうことはやりたくないと当時から思っていたので。井筒(和幸)監督の助監督もやってたこともあって、わりと日本映画の歴史を背負うみたいな場所の近くにいて。特に最近は、自分も歳をとってきたし、自主映画から出てきた若手の監督もいっぱいいるから、自然とそういう立ち位置に見えるかもしれないけど、俺自身にはその気はないんです。もちろん、先輩として尊敬している方も好きな方もたくさんいますけど、“背負う”ようなことやりたくないんですよね」



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