公開中『星の子』でますます冴えわたる大森立嗣の演出術。その“捉えにくさ”を捉える【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

インタビュー

公開中『星の子』でますます冴えわたる大森立嗣の演出術。その“捉えにくさ”を捉える【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

大森立嗣監督
撮影/河内 彩

宇野「ここまで話を伺っていて思うのは、基本、大森さんって良い意味で“いいかげん”ですよね(笑)」
大森「そうなんですよ。『絶対こうしたい!』みたいな感じってあんまりない。きっと、だから作品も捉えにくいと思われているところがあるんでしょうね。俺、テレビで野生動物のドキュメンタリーを見るのが大好きなんですね。動物って、人間社会とは別の世界で生きているじゃないですか。動物社会のなかにもルールはあるわけですけど、野生動物が草原を駆けたり、なにかを食べたりしてる姿を見てるのが本当に好きで。彼らは、いつ他の動物に襲われるかわからないような危険な状況で生きているわけですけど、人間もそのくらいの環境にいる方が活き活きするんじゃないかなって。だから、登場人物に社会のアウトサイダー的な設定を与えることが多いのかもしれない」
宇野「なるほど。アウトサイダーに惹かれるのは、思想的なものというよりも、人間の中の動物性みたいなものを捉えたいからなんですね」
大森「うん。人間のそういう部分に魅力を感じがちですね」
宇野「そのルーツを辿ると、やっぱりお父さんの舞踏にも通じているところもあるんでしょうか?」
大森「まあ、今回の『星の子』も、企画の段階ではあまり意識してなかったんですけど、いま思えばすごく簡単な話でね。うちの父親はずっと白塗りして踊ってたけど、やっぱり子どもの頃はそれがわけわからなかったんですよ」
宇野「(『星の子』の劇中で主人公の両親がやっている)公園で水を浴びてるのと変わらない?」
大森「そう。もう、それが芸術なのか、宗教なのか、子どもにはなにがなんだかわけわからない。そういう男たちが、10人くらい、自宅のちっちゃいアパートにいつもいるわけですよ。それが本当に嫌だった。でも、芦田さん(の役)と同じで、それを嫌だって言ったって、どうしようもないんですよ。いるんだから、その人たちは(笑)。そのことを受け入れられるまで、俺も大学生になるくらいまで時間かかったので。そういう意味では本当に同じ」

夜の公園で、奇妙な儀式をする両親を、憧れの先生に見られてしまう
夜の公園で、奇妙な儀式をする両親を、憧れの先生に見られてしまう[c]2020「星の子」製作委員会

宇野「そういう強い共感があったんですね」
大森「でもね、そうは言ってもやっぱり自分の父親だし。俺はそのことをわりと隠すタイプというか、恥ずかしいと思っちゃうタイプだったから、一人でどう受け入れていこうかって悩んでたんだけど。一方で、本当はそんなに悪いことではないはずだということもなんとなく分かっていたんだよね。小中学生ぐらいまではつらい思いがあったんだけど、だんだん受け入れていった。それに、いまワークショップとかで若い役者に演技を教えることがあるんですけど、実際に社会的な抑圧のなかで芝居をしてても、全然おもしろくないんですよ。それをいかに解放させるかってことをいつも考えていて。そういう意味では、結局自分も父親と向いてる方向は一緒なんだなって」
宇野「アウトサイダーという点でいうなら、『日日是好日』の樹木希林さんも、『星の子』の芦田愛菜さんも、日本の芸能界においてはわりとアウトサイダー的存在じゃないですか。日本映画の主演女優としてはほとんど最年長と最年少と言ってもいい2人ですけど、大森さんと一緒にやられて、こうしてすばらしい作品を残すことになったのも必然だったのかなって」

芦田愛菜は『星の子』で髪の毛をばっさりカットして撮影に挑んだ
芦田愛菜は『星の子』で髪の毛をばっさりカットして撮影に挑んだ[c]2020「星の子」製作委員会

大森「やっぱり、そういう役者さんたちと一緒に仕事をするのは楽しいですよ。特に希林さんとの現場は、こちらの価値観が揺さぶられますからね。倍賞美津子さんとかもそうですけど、親父のこともあって、わりとそういう大先輩たちにもかわいがってもらえるのはありがたいことですね。芦田さんは、頭もいいし、経験もあるので、ある程度はいつもの映画作りの中でできましたけど。俺がこういうふうに演じてほしいって言ったことを、すぐわかってくれるんでね。若い役者でいうと、なにしろその前に『タロウのバカ』でYOSHIっていうわけのわかんないのともやってるんで。あいつとか、真面目に考えてたら撮れないですよ(笑)。撮影中に『終わったら一緒にゲーセン行こうよ』とか俺に言ってくるんだから(笑)」

『タロウのバカ』より
『タロウのバカ』より[c]2019 映画「タロウのバカ」製作委員会

宇野「でも、やっぱり大森監督は役者をやっていたこともあるし、お父さんや弟さんが役者ってこともあって、視点が役者に近いですよね。アメリカ映画には、先ほど名前を挙げられたカサヴェテスを筆頭に、役者出身の優れた監督の系譜があるじゃないですか。(クリント・)イーストウッドとかその最たる存在ですけど、役者に自由を与えて考えさせる、テイクを重ねず撮影も早い、良い意味での“いいかげん”さがある。大森監督はご自身で自分の作家性を『捉えにくい』って言ってましたけど、そういう役者出身監督特有の考え方に近いところで作品を作ってるのかなって」
大森「そうかもしれないですね」
宇野「でも、日本って役者出身の監督があまりいないですよね。1、2本試しに撮る人はいるけど、みんなすぐにやめちゃう」
大森「それはやっぱり、役者のほうが儲かるしね(笑)」
宇野「(笑)。それも、『役者が強すぎる』ことの弊害なのかもしれませんね。これは役者出身の優れた監督が撮った作品の傾向でもあると思うんですけど、大森監督の作品も、基本役者を信頼して、あまりキメキメには撮らないじゃないですか。今回の『星の子』のラストシーンにしても、自分はそこから最大限の希望を受け取ったんですけど、それをわかりやすくは示さない。いい映画のラストシーンって、こういうことだよなって」

『星の子』は公開中
『星の子』は公開中[c]2020「星の子」製作委員会

大森「でも、あのラストシーン、『なにを言いたいのかわからなかった』っていう意見がめちゃくちゃ多いんですよ」
宇野「それは作り手としてはつらいですね」
大森「つらいですよ。だから、そうやって希望を感じたと言ってもらえると、ものすごく嬉しい」
宇野「いや、だって、実際にあそこには希望が込められてるわけで」
大森「もちろんそうですよ。でも、俺はあそこであの家族にカメラで寄って、わかりやすい表情をとらえたりしないから」
宇野「そこまでいくと、それは観客のリテラシーの問題になっちゃいますね」
大森「それ、昔よく言ってたけどもうやめた(笑)。昔は、『客が悪いから』とかよく言っちゃってたけど」

大森立嗣監督
撮影/河内 彩

宇野「それは正解だと思います。特にこの時代、作り手の観客批判は悪手ですから。観客批判は本来批評家の仕事なんですよ。でも、いまはそれを批評家の誰もやらないのが問題で。僕は特に音楽ではめちゃくちゃ客の批判をするので、一部の音楽ファンからは嫌われてますけど、それでいいんです」
大森「いいんですか(笑)」
宇野「だって、実際に客がダメにしてるわけだから」
大森「(笑)」

取材・文/宇野維正



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