公開中『星の子』でますます冴えわたる大森立嗣の演出術。その“捉えにくさ”を捉える【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

インタビュー

公開中『星の子』でますます冴えわたる大森立嗣の演出術。その“捉えにくさ”を捉える【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

宇野「ただ、こうしてフィルモグラフィーがどんどん増えていくと、少なからずベテランの領域には入ってくるわけですよね」
大森「そう、そうなっちゃう。だから危険だなと思って。やばいですよ、現場にいると気がつけば自分が最年長みたいなこともあるし。知らない間に『俺、もしかして偉そうにしてた?』みたいなことになるじゃないですか。みんながちょっと気を遣ってくれるような。だから、なるべくだらしなくしていたいな、という気分です」
宇野「映画監督には、実際の作家性の強弱とは別に、『この監督の作品はどんな作品でも観に行く』という観客が一定数いる監督と、作品を観た後に『あ、あの監督だったんだ』って気づかれるような監督がいると思うんですよ。で、大森監督はどちらかというと後者だと思うんですけど」
大森「ああ、きっとそうだね」

大森立嗣監督
大森立嗣監督撮影/河内 彩

宇野「ご自身にとって、それは好ましいことなんですか?」
大森「いや、やっぱり“作家性”という言葉に憧れはあるよ。まだビデオじゃくて8ミリ映画の時代から自主で撮り始めて、それこそ当時は『カイエ・デュ・シネマ』とかも読んでたしさ」
宇野「あ、一応そういう段階を踏んでらっしゃるんですね(笑)」
大森「一応、踏んでるんですよ(笑)」
宇野「そういう磁場に対して、わりとアンチなのかと勝手に思い込んでました」
大森「いや、『蓮實重彦って最近どんなこと書いてるんだろう?』って、いまもたまに読んだりしますからね。『黒沢清は最近どんな感じなんだろう?』とか、普通に気になりますよ。スタッフもかぶったりしてるし、黒沢清好きの映画人ってすごく多いしね(笑)。で、質問に答えるなら、『日日是好日』や『星の子』がそうだったように、吉村さんみたいにプロデュース力が強い人と組むのも楽しいし、最近だと『タロウのバカ』とか『光』のように、好き勝手やれる作品も、ある種の破綻も含めてすごく楽しいんですよ。だけど、そればっかりやってると仕事なくなるっていうのは自分でわかってるんです。だから、強いて言うなら、瀬々(敬久)さんとかを見本にしてるってことになるのかなあ」

『光』より
『光』より[c]三浦しをん / 集英社・[c]2017映画「光」製作委員会

宇野「なるほど。ある種、作家性の強い企画とプロデューサーの力が強い企画、その両方を撮ってバランスをとっていくという?」
大森「まあ、本当のところを言うと、バランスをとりたいのかどうかもわかんないですけどね。プロデューサーの中にも、『光』や『タロウのバカ』の近藤(貴彦)さんのように『やっちゃえ!』という勢いの方もいますから(笑)」
宇野「『星の子』もそうでしたが、大森監督の作品の特徴の一つは、あくまでも物語はリニアに流れていって、カットバックのようなテクニックをほとんど使わないですよね。いわゆる、映画的なテクニックに対して禁欲的なところがある」
大森「芝居を撮ろうとする意思が強いからね。でも、『TENET テネット』とかを観ると、単純に『こういうのもやってみたいな』って気分にもなるんですよ。ただ、映画の規模もなにからなにまで全部違うし、いまの日本映画界のなかで自分が一番興味あるのは、やっぱり俳優の芝居を撮るってことに落ち着くんですよね。ただ、これは自分の映画に対しても思うし、周りの日本映画を観ても思うんだけど、役者に頼る演出みたいなものが幅を利かせすぎてると思うところもちょっとあって」
宇野「ああ、そうですか。もちろん、そういう作品にも良し悪しはあると思いますが」
大森「でも、最近だと、濱口(竜介)くんの『寝ても覚めても』を観た時に、これすげえなと思って。ああいう、ヒッチコック的な撮り方をちゃんといまでもやれる人がいるんだって。ちょっと考えさせられるところがありましたね」
宇野「大森監督の作品には一貫した強い個性がはっきりあるんですけど、話の中では、そこに確固たる思想があるわけではないというところに着地することが多いですね(笑)」
大森「そうなんですよ(笑)。だから、『役者の芝居を撮る』って言ってるけど、作品の企画を練ってる段階とかで、この役者と仕事をしたいっていう強い思いがあるわけでもない」
宇野「それは、今回の芦田愛菜さんも?」
大森「そう。今回も後から決まったし、自分が脚本を書く時も当て書きするようなことはしない。当て書きって面倒くさいからね」
宇野「それは、役者が誰でも自分が演出をすれば自分の映画になるという自信があるからなんじゃないですか?」

『MOTHER マザー』より
『MOTHER マザー』より[c]2020「MOTHER」製作委員会

大森「それは、すごくそう思ってる(笑)。もちろん、俺は役者をちょっとやってたこともあって、役者という存在が本当に好きだし、ちょっと恥ずかしいけどやっぱり(ジョン・)カサヴェテスの映画とか大好きだし、この15年間ずっと役者をどう演出するかってことを考えて映画を撮ってきたんだけど。ただ、いまの日本映画界って、ちょっと役者さんが強くなりすぎてるからさ。そこに関しては、なんか他のやり方もないのかなって思ってる。結局、いま日本で映画を作るためにお金を集めるのは、役者の力に頼るしかない状況だからね」
宇野「でも、結果的に大森監督の作品には、いい役者が集まってくる」
大森「なんででしょうね(笑)。俺はよく役者に『自分で考えて』って言うんですよ。そりゃあ、こういうふうにやったほうがうまくいくだろうなと思うところもたくさんあるけど、それを言っちゃうと役者さんが能動的に動いてくれないので、とりあえず役者さんが自分が好きなように、脚本を読んだ時にどういう風に思ったかってことのほうが大事じゃない?と思っていて。それが多分、ある種の役者には好かれるんでしょうね」
宇野「テイクもあまり重ねないですよね?」
大森「そんなに撮らないですね」
宇野「それって役者にとってはすごく信頼されているような気持ちになるんじゃないですか? 結果、その人の魅力が引き出されていくという」
大森「自分の映画は大友良英さんに音楽をやってもらうことが多かったんですけど。いつもお金も時間もないから、スタジオもあまりいいところじゃなかったりするんですけど、大友さんが必ず言うのは『いいミュージシャンだけは呼べる』ということで。セッションで一発録りすることも多いんですけど、その時の大友さんを見てると、俺と似ているなって思うんですよね。ものすごく柔らかくて、1回目から『これでいいよね!』『ミスもいいじゃん!』とか言って(笑)」
宇野「お金のない日本映画界におけるサバイブ術みたいな」
大森「そう(笑)」
宇野「今回の『星の子』の音楽は世武裕子さんで、世武さんとの相性もすごくいいですよね」
大森「『日日是好日』に続いてお願いしました。世武さんも安心してお任せできる方で。『日日是好日』の音楽ってすごく良いでしょ? あの作品がいろんな人に受けたのは、世武さんの音楽のおかげもかなりあると思う。女性的な感性で音楽をつけてくれるんで、映画が自分では思ってもいなかったようないい方向に弾んでくれることがあるんですよ」

『星の子』にも出演している黒木華と、多部未華子(『日日是好日』より)
『星の子』にも出演している黒木華と、多部未華子(『日日是好日』より)[c]2018「日日是好日」製作委員会

宇野「撮影は、やっぱり順撮りが多いんですか?」
大森「順撮りっぽくやることが多いけど、別にこだわりはない。『順撮りで助かりました』とか役者さんが言ってくれると、『順撮りにしておいてよかったな』って普通に思うし、ラストシーンを最初に撮るとかはさすがにないんですけど。ただ、役者さんからスケジュールもらって、一瞬『え? このスケジュールでやるの?』って思うこともありますよ。どうしてもこうじゃないと組めないとか、事務所側から言われて。でも、そんな時も『じゃもういいですよ。これでいきますよ』ってすぐ言っちゃう。あんまりそこを悩んで、無理して、役者のスケジュールもキツキツになってみんなが苦しむよりも、『これでやっちゃえばいいんでしょ』みたいな感じ。昔よく原田芳雄さんが『順撮り順撮りってみんなやるけど、お前、順撮りなんかじゃなくて、適当に撮ったやつをつないだ方がおもしろいんだよ』と言ってたけど、そういう不確定なものまで含めて遊んでるような感じもあるんですよね」
宇野「そもそも、いまの日本映画で完全主義みたいなやり方は成り立たない?」

永瀬正敏と原田知世がちひろの両親役を務めた
永瀬正敏と原田知世がちひろの両親役を務めた[c]2020「星の子」製作委員会

大森「本当にそうなんですよ。でも、今回の『星の子』で言うと、永瀬(正敏)さんは短い期間で体重の増減とかをやってくれるんですけどね。本当はもっと時間があれば、しっかり身体を作り直したりってこともできるんでしょうけど、今回もお正月休みの数日間で痩せて若返ってきてくれた。永瀬さんはそれを誰にも言われずにやってきてくれるんですけど、なかなかこっちから求めるわけにはいかないですよ。だから、撮影に入る前にあまり悩んでてもしょうがない。悩んでも仕方ないことで悩んで、頭を抱えながら打ち合わせしているのとかほんと嫌いで。『早く帰ろうよ』ってなっちゃう」



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